第36章 【深緑色】華と蜂のマリアージュ
「風、凄いね…。」
ドアの鍵を回す時すら離れようとしなかった
指を絡め取り、腕に絡まり
轟の耳元で囁くハイリ
風が攫うのは何も男の意思だけじゃない
靡く長い髪が鼻先をくすぐって
鍵を回す男の手が一度、動きを止めた
「あぁ…。」
自制心も限界だ
思考能力を奪われた脳が
生返事と言う色の無い言葉を押し出してしまう
それでも
離れようとしないこの華は
恍惚に微笑むのだ
風までも味方につけて
――カチャリ
扉は開かれた
空ける軽さも
閉じる速さも
全ては風の仕業
どちらも、何も、悪くない
蓋に押し込まれた二人の躰は
重い音が鳴るより前に
さも当然の如く絡まり合った。
トサリ…なった音は二つ
形の違うカバンが足元に転がり落ちる
こんな焦らされ方があるとは思わなかった
ハイリの足を持ち上げ弄りながら
轟の口端は自嘲気味に上がる
こんなにも求められながら
これ程に待たされた
距離にして10m弱
ベッドまで行くなんて考えは
頭の中、どこを探したってなかった
地に着いた足は、3本
焦げ茶色のローファーが一つ
カツン…と地のタイルを叩く
紺色の爪先がぴくりと伸び、震えた
「んんっ…っ」
膝裏から太腿へと弄る筋の張った左手
誘い受けるように軽く上がる白い足
甘ったるい声は決して嫌がってなどいない
撫でるだけでほら
背を震わせて首を曝け出す
早く
ただ早く
蜜を求めるミツバチは
急くように蜜壺へと吸い寄せられた。
華と蜂
先に喰らうのはどちらだろうか?
どちらもその内側に毒を持つ
共に喰らい合うならば
それは最上の食べ合わせだ
指が薄い布越しに秘部を撫でる
一枚隔てたそこは愛密に濡れ滴る程に
潤っているのがわかる
ご馳走を目の前にして
雄の本能を剥き出しにした轟は
狡猾に笑みながら白い首に歯を立て
ハイリの纏う布一つ剥がさぬまま
指をその裏側へと滑りこませた。