第34章 【空色】傷跡のキセキ
時には生き物のように食らいつく
時には荒波を思わせる
時には…
そこから伺えるのは
如何に使い慣れた“右”であるかという事だけだ
如何に…“左”を使ってこなかったかという事だけだ。
『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』
間合いを詰めんと駆け出した
轟の足元から伸びる氷が
駆けるスピードよりも速く
宙へと道を作り上げていく
舗装なんてとてもされていない氷道は
相も変わらず刺々しく、龍の鱗を思わせた
片側にしか掛けられていない氷の架け橋
もう片方に掛ける必要など無いだろう
構え直された緑谷の左手の中指に
瞳を細めた轟は
氷の地を蹴り、宙へと跳んだ
滞空時間程
狂わしい物はない
揺れる前髪
眼下には対戦相手
ふと
声がした
『いいのよ、おまえは―――…』
頭の隅で誰かが囁く
わからない筈のない女の声を
轟は奥歯を噛んで追い出した
――この先を…いつの間にか忘れてしまった
冴え冴えとする頭が認識するのは
ただの石ころとなってしまった橋の残骸だ
回る頭の温度は-80℃
一瞬の判断の遅れが命とり
冷たくて、冷たすぎて頭が冴える
なのにジュウジュウ音をたて
どこぞの回路を焼き切っていくのだ
余計なことは考えなくていい
今は目の前の男に勝つ
No.1ヒーローに縁のあるこの男に
温もりなんて欠片もないオッドアイは
紅白の前髪に隠された
緑谷の頭上に影を作った轟の右腕が
氷を纏い振り下ろされる
繰り出した右ストレート
氷のグローブを伴って打ち割ったのは
緑谷の脳天じゃない
ステージの岩盤だった
(チッ…)
心の中で舌打って
すかさず踏み込んだ右足からは
頭で考えるよりも早く氷の大蛇が顔を出し
緑谷の足を喰らおうと口を開ける
寸でのところで躱した緑谷は
爪弾こうとしていた指を握り直し
己が足を喰らわんとする龍の頭を吹き飛ばした。