第33章 【空色】バイタルチェック
「素直になるのって結構勇気いるよね。」
搬送ロボに運ばれていく麗日を見つめながら
ハイリはそう零した。
小休憩を挟んで二回戦
初戦は俺と緑谷の試合だ。
だからだろうか
観客が動き出すよりも早く
俺の手を取ったハイリは
それだけ言って通用口へと歩き出す。
明暗差から目が眩む
緑色の残像がチカつく視界で前をいくハイリは
まだ、目を合わせらんねぇんだろうか
決して振り返ろうとしねぇ小さな頭
乱れた髪を直そうと伸ばした手に
コロンと乗せられた言葉は
何の効能だかわからねぇ
ハイリがいつもくれる飴みてぇなモンだった。
「焦凍の一番良いところって素直なとこだと思う。
気持ちにも素直だし、欲求にも素直だし…。」
「それ、褒めてんのか? 貶してんのか?」
「褒めてんだよ!」
まるで処方箋だ
連ねられた単語は何が何だかわからねぇ
実際に薬を受け取って初めて何かわかるモン
だから、説明でもあるんだろうと
伸ばしかけた手は髪に触れることなく
握りしめるのみだった
人気のなかった廊下に
次第に雑音が増していく
後方から押し寄せて来るそれは
一般客が動き始めたんだろう物
気づいたハイリは「あ、」と一言零し
「こっちこっち」と進行方向を変える
手を引く後ろ姿に
ここ二週間
まるで秘密基地に案内する姿を思い出した。
「ちょっと…重いから手伝って!」
「あぁ…。」
開いた扉は重厚だ
くぐると同時に潰えたガヤの音
遥か先の見覚えある廊下が
ここが関係者立ち入り区域なのだと告げる
ようやく逃れた人の気配と視線に
わかりやすく力を抜いた細い肩が振り返った。
だがそれでも
視線は合わなかった
合わせる間もなく
その顔は俺の胸へと埋められたからだ。