第32章 【空色】KT 1℃
~Sideハイリ~
「へ…?」
バタンと何か弾くような音がして
一瞬にして景色が変わった
場も変わった
人気のない廊下から
殺風景な部屋の中
色合いは大して変わってない筈だ
なのに目の前にあるのは
鮮やかな紅と透けるような白
重なったと言うより
覆われた唇に息を呑んだ。
何が起こったのかと見開いた視界で
閉じられた焦凍のまつ毛は震えていて
(……え?)
遅れてやって来た背の痛みにようやく理解する
壁に片肘をついて
囲われているこの状況
落ち着きなく動く視界は
私が動揺している証拠だ
閉じ込められた空間に
隙間なんて殆ど無いし
焦凍の余裕もない
腰に回された手が上着の裾からスルと入り
サワと肌が粟立っていく
僅かに離れた唇から漏れる吐息は
「悪い…もう少し」
ただ、熱かった。
「うん…」
どうしたの?
薄く開いた瞳に問いかけると
絡み合った視線は苦しそうに細められて
名残惜しむ間もなく解かれていく
耳のすぐ下で響いた答えは
苦笑交じりだった。
その声が胸をチクリと刺して
だけど口に出してはいけなくて
「初めて…ってのにやられた。」
首筋に刻まれるこの柔らかな痛みは
きっと焦凍自身の痛みだ
やっぱり、まだ痛いんだ。
首筋を差し出し
息で笑いながら言葉を交わす
「やられた…って、知ってたでしょ?」
「それでも、だ。」
不安の滲む声
隙間なく重なったこの身では
もう、どちらの不安なのかわからないよ
「ん、初めてだよ…特別だよ。」
だから繰り返す
彼の背に腕を回し
不安ごと抱きしめながら
少しでも安心してもらえるように
少しでも安心出来るように
それしか出来ない私は
非力だ。