第32章 【空色】KT 1℃
~Side轟~
「うん?うん、いいよ。」
ピクリと動いた肩は
俺の願いにすぐ離れていった
髪を耳に掛けながら
深く瞬いた瞳にキリと力が籠る
予想は出来ていた
コイツにとってこの言葉はそういう意味なんだと
だからそれを拒否するつもりで
目を閉じた
少しの間
届く声には
案の定困惑に満ちていて
「……ちょっと
目、開けて貰わないと…」
思わず笑みが漏れた。
コイツにとって癒すってのは
そう言う事なんだってわかっていた事だが
それでも察して欲しいってのは
相手がハイリじゃ
(無理か…
「癒せ」じゃ、しょうがねぇのかもしんねぇが…。)
“個性”を使おうと
診察をしようとしてんだよな
そうじゃねぇ
お前の癒す手段はそれだけじゃねぇ
なかなか目を開けねぇ俺に
ハイリの声はやや大きさを増す
困り切った声に
下手したら泣き出しそうだと
再び笑みが漏れた
「焦凍?ね、目ぇ閉じてちゃ診れないよ…。
ねぇったら、ねぇ。」
頬に添えられていた指が滑り
下瞼を押し下げる
無理矢理目を開けさせようとしてんのか
やることはまるでガキだ
考えてみりゃ
こんなやり取りにさえ
癒されてんだ俺は
だが
「そうじゃねぇ…。」
開けた視界
不満気な天使の顔は気付きゃすぐ目の前に
今度は俺がその頬に手を添える
「診察して欲しいわけじゃねぇ。」
親指で唇を撫でながら囁くと
遅れて意味を理解したハイリの顔は
見る間に上気していった。
泳ぐ瞳も
熱い頬も
俺にとっちゃ薬より効果がある
「えっと、それはー……。」
最近のハイリは忙しない
隙間なく時間を埋めて
休日すらねぇ
俺が実家に戻った事で
色々、考えることもあんだろう
お陰でここ二週間
ロクにキスも出来やしねぇ
殆ど自業自得だ
わかってたから求める事すら我慢した
なのに、今この状況で強請ンのは
あまりに自己中心的だろうか
(やっぱやめとくか。)
そう思った時だった
「ん、いいよ。」
クスクスと笑いながら
額に触れる温もり
コツンとなったこの距離は
間違いなく心の距離
どこまでも甘いヤツ
甘やかしてぇのに
甘やかされる
こんな瞬間に
何度だって恋をする
だってハイリが
あまりに嬉しそうに笑うんだ。