第30章 【空色】親拍数
今日だけはハイリに診察をさせてはならない
自分が揺らげばハイリも揺らぐ
どうしても
揺らぐわけにはいかないのだ
「応援、するんだろ?」
筋を違えぬ様量りながらの誘導
揺れる思考が
いつもの泰然自若な自分の姿を乱す
今ならこの優しい虚偽は
ハイリに悟られてもおかしくなかった。
「うん…応援したいっ。」
だが悟られなかった。
緩む頬を手とペットボトルで挟み
屈託なく笑う
虚偽の向こう側にある老婆の思いを
少女はそのままに感じ
素直に受け取ったからだ。
「気を使ってくれてるんだよね?
ありがと!
でも、手に負えなくなったら呼んでね
少しは手伝えるつもり!」
「バカだね
あたしが何年この職に就いてると思ってんだい
あんたの手を借りる程老いぼれちゃいないよ。」
「確かにっ」
軽やかな笑い声に
幼い頃の笑顔が重なった
笑うのが異常に上手な子に育ってしまったが
これはきっと作りものじゃぁない
それは間違いなく
あの少年によって引き出されたもの
今なら、良いかもしれない。
止めてやれない罪滅ぼしか
代わりに浮かびあがったのは
伝えるべきかと思い悩んでいた事実だ。
「ハイリ…」
息を吸う
珍しく身を支配する緊張を抑えるかのように
だがその言葉は
奇しくも同じ保護者の声にかき消された。
『ここで先頭がかわった――!!
喜べマスメディア!!
お前ら好みの展開だぁぁ!!』
レースのクライマックスを告げる声が
一層大きく響く
言いかけた「実は」は弾き飛ばされて
ハイリの意識も事実も
画面の中へと吸い込まれてしまった。