第30章 【空色】親拍数
差し出された飴は二つ
温もりと言葉
少女の瞳に期待が灯るのを男は見逃さなかった。
参加できると思っていた体育祭に
土壇場で禁止令が出てしまった
こんな理不尽は、今に始まった事じゃない。
「救護室だろうが、スタンドだろうが――…」
上げて落とされた
確かにそれもあるだろうが
一番は
十中八九、あの少年だ。
「…――選手控室だってなァ。」
充分に溜めて囁いた最後の一言に
少女の頭がぴょこんと上がる
そこにはあるはずのない犬耳が
キリッと前を向いて立っていた。
じっとこちらを窺う真ん丸な目
こてんと傾げた小さな頭
成程
まさに仔犬だ。
「いいの…?」
「あァ、もちろんだ‼」
わかりやすい
拗ねていたその顔は
途端に輝き、頬が桃色に染まる
「っ本当!?」
「約束を守れるならな、どうだ?
悪い話じゃァ…」
「守るっ!
参加しなきゃいいんでしょ?
グラウンドには絶対入らない!」
言い終わる前に少女の声が歌う
彼の側に行けるのだと
食い気味に身を乗り出し
確認を怠らない少女は
飴の「YES」を確認すると
すぐさま鞭へと首を回した。
「しょ…相澤先生、マイク先生
ありがとうございます!」
敬語を使うのは
少女なりの敬意なのだろう。
深々と頭を下げる
そんな妹の姿を頷き見る飴と
チラリ、横目で見やる鞭
自然と
サングラスの奥の
包帯の裏側の
二人の兄の目じりが下がっていった。
「ではっ失礼しますっ!」
言い終わるや否や
脱いでいたジャージの上着を掴み
ドアの向こうへと消えていく
礼は些か雑な気もするが
ハイリにしては上出来だろう
(俺らもまァ…上出来だ。)
ホッと一息
見やるは毎度MVPを飾るこの男
今日も今日とて
全てが鞭の目論見どおりに
理不尽な現実を何一つ変えぬまま
ハイリの機嫌だけが収まってしまった。