第29章 【空色】心温
~Side轟~
昨夜の小さな我儘の内、最も厄介だと思っていたそれは
1日と待たずに取り消された。
ありがたい結果となった事に違いはねぇが
多少の罪悪感が残るのは否めねぇ…。
「無理しないで…か。」
言ってしまえば嘘だった
乗り過ごしたのは事実
嘘というのは原因の方だ。
乗り換えた電車内
胸ポケットからその原因を取りだし息をつく
降車駅を見送った原因
俺が帰る事となった原因
ハイリにあんな顔をさせた原因
(…最期の原因は写真じゃなく俺か。)
写真を持ったままの手で
視界に割り入る前髪をかき上げる
また見入って
乗り過ごしたらシャレにならねぇ
泳ぐ視線
ハイリが居ねぇ時に限って
周りに一人で乗ってる奴なんざ見当たらねぇ
(とっとと帰りてぇ訳でもねぇが
この状態も辛ぇな。)
吊り看板を読むでもなく見上げながら
そのまま数分の後
ようやく目的の駅のホームを踏んだ。
【家に着いたのか?】
【とっくに着いてるー】
帰り道
差し障りのない言葉から始まる文字のやり取りは
未だに得意と言えるモンじゃねぇ
女だからか
ハイリだからか
よくもまぁこんだけコロコロと
スタンプが出てくるもんだと感心する。
用件も感情も伝わりにくい
話した方が手っ取り早い気がするのは俺だけか?
文字だけのやり取りについて
いつもそう思っていた
だが今に限っては逆だと言えるだろう
俺にとってはメリットであり
アイツにしてみりゃデメリット
(あんな顔されると
どっちが正しいのかもうわかんねぇな。)
側に居てやった方が良いんじゃねぇか
願望がそっちにある分
少しでも揺らげば決心が鈍りそうだ
胸の中心から冷えていく心地は
なんとも不快で
足取りすら重くなる
温度調整は“個性”上
得手としているはずだが…
なんてことはねぇ
今まで調整してくれていたのは
ハイリだったのだと
ピコピコ動く犬だかウサギだかわからねぇスタンプに
落とした笑みはあまりに小さなもんだった。
【これ、モコモコしてる奴】
【犬か?ウサギか?】
【失礼な!】
【犬です!犬!!】