第29章 【空色】心温
~Sideハイリ~
駅の改札口を背景に
先週の土曜日もこんな光景を見た
あの時も寂しいと思ってたけど
今思うとまだ平気だった気がする
あの時は
ちゃんと次の日には帰って来るってわかりきっていたから。
「夜電話する。」
「うん、約束。」
だけど今回は違う
「いつ」なんて明確な期限は与えられず
帰ってきてくれるかその保証すらない。
おかしいな
焦凍が帰る家はウチじゃない
実家だよって
何度も言ってたのに。
(わかってるよ。)
わかってるから
足掻いてしまう
頭を撫でてくれた手を握ってしまう
「………?」
不思議そうに手元に視線を落とした焦凍は
仕方ないなと呆れ笑い
倍以上の力で握り返してくれた。
だけど、この手が今日
引いてくれる事はない
ただ髪を梳いて
頬をなで
慣れた手つきで顎を持ち上げる
何をするつもりなのかわかったから
私だって自然と上向いた
甘やかな視線が
慰めてくれてるみたい
変なの
原因は焦凍でしょうに
(ずるいな…。)
わかっててやっている
昨日から「わかった」と「やっぱり」を繰り返して
「寂しい」を言おうとする度に
こうやって口を塞がれる。
「じゃあな。」
声は
唇の上で小さく響いた。
もう「わかった」は言いたくなくて
小さく頷く
私の反発は伝わったんだろう
困ったように笑う焦凍は
オマケにもう一度キスをくれて
仕上げと言わんばかりにぽんぽんと頭を撫でた。
離れた手が小さく上がり
サラと髪を靡かせて背が向けられる
永遠の別れでもあるまいし
なんでこんなに寂しいのか
胸を絞める感情は
どんな単語で表したらいいものか
どんな数式で割り切ればいいものか
これでも雄英生だ
勉強は出来る方だと思うけど
現国も数学も何の役にも立たない
彼の背中が見えなくなるまで
そんなことを考えていた。