第28章 【空色】プラシーボ効果
~Sideハイリ~
「わりィ。」
言葉の割に声は笑いを含んでいて
ムッと眉を寄せると
降って来るのはキスの雨
額に
頬に
瞼に
これは素直に言えたご褒美かな
焦凍は私を制する術を沢山持ってる
瞼に唇が触れる度に
サラサラの前髪が額を撫でてくすぐったい
やっとやんだと思ったら
「文句なら聞くつもりだ。」
こんな事言うなんてズルイよね
素直に出てくるこんな言葉が
少しだけ恨めしい
余計な感情を全て取り払ってしまうんだ
(…大事なことなんだよね、わかってる。)
あれだけ拒絶してた家に帰るくらいだもん
よっぽどの事なんだろう
一秒進むごとに
冷静になっていく
「文句より疑問の方が多そう。」
「………悪いが答えられねぇ。」
体育祭を控えて鍛錬の時間が必要だ、とか
ここより実家の方が有意義に過ごせる、とか
家族の事情が変わった、とかさ
それらしい嘘の理由なんていくらでもあるでしょ
なのに、そのどれも言わないなんて
どこまで正直者なのよ。
こんなにはっきり言われたら
「ずるいな
何も聞けなくなっちゃった。」
「悪い。」
真っ直ぐに差す視線は
飄々とも悪びれないものとも違う真剣なもの。
誠実ささえ感じるそれは
感情を読めたなんかじゃなく
彼が示してるんだろう。
(参っちゃうよね、ホント。)
何を疑ってる訳でもないよ
ただ寂しかっただけ
納得させてほしかっただけ
喉まで出かかってた「なんで?」は
行き場もなく飲み込むしかなくなった。
頭の中総浚いして文句も探してみたけれど
困ったことに見当たらないんだ。
出た溜め息は自分へのもの
呆れ混じりの
大きなため息だ。
「はぁ…、わかりました。
大人しくお帰りをお待ちしております。」
しょうがない
気になるけど、聞くなというなら聞くまいよ。
皮肉交じりの結論は
焦凍にとって100点満点の答えだったみたい
綻んでく表情に
単純な私はあっさりと絆される。
「とっとと片付けて帰ってくる。」
帰りを待ってます
なんて言っといてなんだけど
焦凍の家はここじゃないからね
明日帰る家が焦凍の家だからね
無造作に抱き締められた腕の中
そんな言葉を並べてはいたけれど
「帰る」の一言が嬉しくて
小さく笑って頷いた。