第28章 【空色】プラシーボ効果
~Sideハイリ~
Q.なんでこっち向かねぇんだ?
A.死んでしまうからです。
息を整えながらの問答は
途端に恥ずかしさが戻ってきたから
骨が抜かれたまんまの身体は
焦凍の腕を上手にすり抜けて
壁づたいにズルズルと崩れていった
「大丈夫か?」と見下ろすその姿が
既に大丈夫じゃなかったんだ。
うすらぼやけた照明に透かされた雫が
かき上げられた毛先から
頬を伝い顎から
ぽたりぽたりと座り込んだ私に降って来る
焦凍だって息乱してたし
瞳だって潤んでたし
伏せた睫毛は濡れていて
憂う表情が
まだ誘われているかのようで
『大丈夫…だからちょっと待って…。』
下向いた顔を両手で覆って
か細い声でもそう返した
飛び上がった心臓を抑え込みながら
やっと出て来た言葉だ
努力賞くらい欲しい。
この人はもう少し
自分の見た目を自覚すべきだと思うの。
無自覚に振り撒く色気は
私の諸々を壊してしまう。
動けそうにないと判断したんだろう
焦凍はそのまま私を抱え
暖かい湯の中へと浸してくれた。
……からのコレだ
「――照れてるお前って可愛いよな。」
「…………。」
「褒め殺し」って言葉は
相手の対抗意欲を低下させたり
不利な状況に追い込んだりすることだって記憶してる。
殺しという言葉はあくまで精神面を折るという意味だ。
でも
これでは本当に殺されてしまう
心臓を壊されてしまう
確かに恥ずかし気も無く
息をするように褒め言葉が出てくる人だ。
きっと思った事をそのまま言ってるだけで
それが恥ずかしい事だとすら思わないんだと思う
だけど今日は程度が過ぎると
火照る頬に両手を当てて
状況を必死に整理していた。
(いくら焦凍でもちょっと違う
ちょっと変だ、何だかまるで……)
ひたすら甘やかされる為だけに
作られたような時間
主語は私のように思えるけれど
多分…違う。
振り返ろうと身を捩ると
肩に焦凍の頭が乗せられた
「焦凍…?」
ミルク色の湯がチャプっと音を立てて波立った。
回されていた腕にはきゅっと力が込められて
すり寄る鼻が私の首筋にある傷を撫でる
やっぱり
主語は私ではなかったみたいだ。