第23章 【空色】自立神経失調症
~Side轟~
俺に向けられた笑みは
とても人当たりの良い物だった。
よく考えりゃ娘の家に勝手に上がり込んで、挨拶も無く棲みついてんだ。
加えて俺が今までハイリにしてきた行為の数々
(挨拶の前に詫びか?)
首を傾げる程度には頭は回ってた。
「名前を聞いていいかな?」
「轟…焦凍です。
初めまして、ハイリさんと――…」
「すとーっぷ!」
慌ててんのはハイリの方だ
確かに今の状況
コイツにとっては最悪と言って良い。
さっき見えた動揺は消え失せて見えるが
それは色が変わっただけ
動揺している事には変わりねぇ。
バタバタと手を振りながら俺達の間に割ってきて
俺より少し背の高い父親の顔を睨みあげた。
威嚇は可愛いモンだ
どこまでもどこまでも犬みてぇ…
だが言ってる事は一理あった。
「今は! 挨拶なんてしてる場合じゃないでしょう?」
対して父親は一切の動揺を見せず
笑みを変えぬままに娘を見やる
駄々を捏ねる子を諭すように頭を撫でながら
腰を曲げて視線を合わせ
至極落ち着いた声音で
ハイリの顔を覗きこみながら言った。
「すまない、そうだったね。
向こうでヴィランと思わしき人物を確保したそうだ。
ハイリ…診て貰えるかい?」
今日、揺らいでばかりの瞳は
父の言葉に一段と弾かれる。
海に揺蕩う木片のごとく
沈んでは浮き上がり、また沈む。
数秒、宙を泳いだ視線は一瞬だけ俺へと向けられ
諦めたような笑みへと形を変えた。
「…………はい。」
瞬き一つの間
次に見た時はもう、その瞳は父親へと向けられていた。
迷いなく刑事の元へ足を踏み出した小さな背中を
父の声が追う。
「ありがとう、助かるよ。」
その声は変わらず柔らかく穏やかだ
なのに今のハイリの目がどうしても脳裏にチラついて
走り去る姿から目が離せなかった。