第19章 【琥珀色】訪問診療録(後編)
~Side轟~
風呂上り、何か飲もうと台所に入ると
待っていたかのように姉さんが立っていた。
かのように…じゃねぇな
待っていたんだろう。
ダイニングテーブルの椅子に手を掛けたままニコリと笑う。
姉と言うよりは教師の顔
座れと言わんばかりに音をたてて僅かに引かれた椅子は、
それ以上テーブルとの間に距離を取ることは無かった。
目が合うなり開いたその口から出て来たのは、苦笑交じりの溜め息だ。
「ハイリちゃん、優しい子だね。」
「そうか?」
さっきのハイリの言葉が頭にこだまして
素直に頷けねぇ。
グラスに注いだ茶を飲み干して
耳が痛い話題から逃げるように背を向ける
椅子を直しながら微笑む姉さんの言葉は
俺の背を飛び越えて前に立ちはだかるようだった。
「あれが無かったら、口喧嘩どころじゃなくなってたよね。
そう、思ったんだろうね。」
諭すように続けられる声に
振り向いても返事は出来なかった。
わかってる。
姉さんの言うとおりだ
俺の憤りを収める為に、矛先を自分に向ける
いかにもハイリらしいやり方だ。
姉さんでもわかるんだ
俺がわからねぇ訳ねぇだろ。
言い聞かせるように何度も頭ン中で呟いた。
それでも消化できねぇ
「怒ったらダメよ?」
「わかってる…。
ハイリは?」
「部屋に案内したから、もう休んでるんじゃない?」
ただ会いたくて、ハイリの所在を確認すると
姉さんは肩をすくめて口の前で指を掛け合わせ
小さな×を作った。
教える気なんか無い、その仕草だけでも十分伝わったが
念を押すように笑いながら言う。
「どの部屋かは教えません。」
俺から守るつもりなのか
どこか悪戯に笑う目は完璧保護者の目だ。
ハイリの事を気に入ったんだろう。
それはそれで嬉しい事だが
こんな状態で今晩1人ってのは
(眠れる自信ねぇな…。)
かと言って
姉さんを問いただしても口を開くとも思えなかった。