第19章 【琥珀色】訪問診療録(後編)
~Sideハイリ~
「焦凍はお風呂!
ほら早く!」
そんな声を聞きながらぼんやりと視線を落とす。
去り行く彼の拳を見て
引っ込めようの無い自分の言葉が何を指すか
初めて理解した。
「ハイリちゃんはこっち、ね?」
手を引かれて連れられるままに歩くけど
始めて来た家だし、広いし
足元しか見ていないのでは、どこを歩いているのかわからない。
「ごめんね」「大丈夫?」
女の人の声が聞こえども、聴いてはいない。
曖昧に相槌をうって
着いた部屋は大きな和室だった。
「この部屋は焦凍に内緒にしておくから
ゆっくり休んでね。」
気遣ってくれているんだろう。
今まで手を引いてくれていたのはお姉さんだったのか
この時になってそれを理解するくらい
動揺している自分にびっくりだ。
(冷静に言葉を選んだつもりだったけど。)
ちっとも冷静じゃなかった
焦凍はどう思っただろうか…
別れ際、彼は表情から全ての感情を消し
ただ静かに背を向けた
握りしめられた手だけに憤りを滲ませて…。
きっと嫌な思いををさせてしまっただろう
別れを匂わせるような言葉を使ったことを、今更後悔する。
「痛い所を衝かれたのは
私の方だったかな……。」
呟いた本音が
イグサ香る部屋に落ちていく。
広い広いこの部屋は
くすぶっていた恐怖を煽っているようだ。
今が幸せであればある程
いつか来る別れを恐怖する。
今回のお互いの帰省だって
かなり予定は狂ったけれど
元はそんな日が来た時の予行練習のつもりだったんだ。
別れたいなんて思ってない
ただ、その日がいつかは来るのだろうと
そんな考えが頭から離れないだけ。
「あー、これ以上は考えない方が良いな…。」
振り払うように首を振っては畳の上にぺたりと据わる。
今はただ、心を落ち着けるために…
電車の中で読みかけていた本を取り出した。