第19章 【琥珀色】訪問診療録(後編)
~Sideハイリ~
「るせェな…」
らしくない
ドスの利いた低い声は初めて聞くものだ。
影を伴った右目がギラと光る
まるでその左半身を
父から継いだその全てを否定しているかのよう。
(焦凍…)
“個性”を使った訳でも無いのにゾワリと凍った背は震え
圧倒的なその気迫に、思わず半歩後ずさる。
父の言葉は、彼にとって最も痛い物だろう。
間違いなくその紅白の頭の中には描かれているだろう
“個性婚”の3文字が…。
胸の奥底が痛い。
内側を細い糸で縛り上げられて
今にも裂けてしまいそうだ。
これは、焦凍の痛みだろうか
紛らわすように掴んだ胸に爪を立てたけれど
その痛みは増す一方だった。
「高校生の色恋沙汰など子供の遊びに過ぎん。
無責任に結婚など口にするな。」
「コイツの事知ってんだよな?
“個性”が気に入らねぇか?」
「人の気とは容易く変わる。
淡い期待を抱かせるなと言っている。」
「戦闘向きじゃねぇもんな?
御大層な文句並べて、エゴも大概にしろ…」
父と子
言葉のラリーは互いに一方通行だ。
己の主張を押しつけ合っても
受け取るつもりは毛頭ない。
かみ合ってるのかどうかすら不鮮明だ。
一歩引いて見れば
言い方に棘はあっても
正論を述べているのはエンデヴァーさんの方だろう。
言葉の奥にどんな意味を込めているのかまではわからないけど、これは私への配慮とも受け取れる。
普段の冷静な焦凍なら
それくらいわかりそうなものなのに
拒絶がここまで顕著に表れるのは
嫌悪する父からの言葉だからだろうか…
それとも
「出会いなどこれからいくらでもあるものだ。」
「俺はコイツ以外考えらんねぇ…。」
私の所為…だろうか。
少なからずそれもあるのだろう
私だって同じ立場なら腹も立つ。
反発だって絶対する。
気持ちは、物凄くわかるんだ。
「選ぶ基準とてその内変わる。」
「“個性”でってか?
てめェと一緒にすんな…っ」
父の言葉に子が吠える
焦凍らしからぬ感情的な声音に迷う間など無い
言葉は口を衝いて出ていた。
「あの…っ」
後にも先にも
こんなに緊張したのは初めてだ。