第17章 【琥珀色】訪問診療録(前編)
~Sideハイリ~
嘘でも荷造りしておいてよかった。
声の気配が遠のいてようやくお風呂から上がった私は、荷物を片手にホッと息をついていた。
とは言っても荷物の中身は、下着とインナーのみ
(私の服、どこ行ったんだろう?)
辺りを見回してもそれらしい服は見当たらない、
代わりに見つけた布地
藤色のそれを取り広げると
「わぁ……!」
なんと、浴衣だった。
お祭りに来ていくような固い生地ではなく
柔らかなガーゼ地の…多分、寝巻き用の浴衣。
淡い藤色に白の小花柄がとってもかわいい。
先程まで抱いていた自己嫌悪もどこかへ行ってしまう。
「我ながら単純だな。」
思わず出てしまった独り言にクスリと笑いながら
柔らかな藤色に腕を通した。
カラリと音をたてて開いた引き戸は入った時より軽い
気持ち一つでこんなに変わるのか。
大きな日本家屋だし、浴衣だし
旅館にでも泊まっている気分だと、
呑気に考えていた。
先程から何やら話し声が聞こえるけれど
聞き取れる程ではない。
それくらいは認識していた。
ただ浮足立っていた私は、深く考えもせずに見えた人影に声を掛けて、途中で気付く
「お風呂ありがとうございまし……た。」
最期の一文字は
届いたのかわからない、
自分でもそう思うほど小さくしぼんでしまった。
どうして、予想できなかったんだろう。
ここは焦凍の実家。
それは要するに、No2ヒーローエンデヴァーさんの自宅であると言う事で……。
(いつ帰ってきてもおかしくない、よね。)
進む予定だった廊下を父子が揃って塞ぐ。
広い廊下だし、私一人くらい通れるだろうけど
向かい合ったこの二人の間を通れる雰囲気ではない。
「ぁ、ハイリちゃん……。」
遅かったか…
そんな表情でお姉さんがやって来る。
どんな話の流れになっているかはわからないけど
表情からしてタイミング悪かったって事だけはわかる。
焦凍の話を聞く限り
お父さんの私への印象は最悪と言って良いだろう。
(なんたって手塩にかけて育てた息子を
そそのかしている女だもんね。)
見知らぬ女が、こんなラフな格好で
自宅の浴室から出て来たんだ、
無理も無いだろうけど
その顔は、No2ヒーローらしからぬ驚きようだった。