第17章 【琥珀色】訪問診療録(前編)
~Sideハイリ~
『ちょっとだけ』
この言葉ほど危険なものはないと思う。
それは己が定めていた境界線を曖昧にし
甘い、楽な方へと誘っていく
気付いた時にはちょっとどころじゃなくなっている。
そんな誘惑の呪文のような言葉。
そして必ず思うんだ
こんな筈じゃなかったのに…って
今の私は、まさにそれだと言えるだろう。
「ハイリちゃん、着替えここに置いておくね?」
「すみません、ありがとうございます…。」
……何故、こうなったのだろう?
温かい湯に身を浸しながら
(いつかの日も似たような事を考えた気がする。)
などと
一人感慨にふけっていた。
(いつだったかな…?)
そんな考えは現実逃避に過ぎない
現実を見ろ、私。
ここは浴室で
更に言うなら轟亭の浴室だ。
ふやけかけた両手て顔を覆うと
パシャリと音をたてて湯が跳ねる。
いい加減に出ないと
とは思ってもどんな顔してお詫びをすれば良いのかわからない。
顔を合わせづらい。
「姉さん、あまり構わないでやってくれ。
多分、出るに出れねぇだけだと思う。」
「そうなの?
気にしないで良いからね~。」
「いえ、本当にすみません…。」
項垂れながらのドア越しの会話。
どうしてこんな醜態を晒す羽目になってしまったのか
お湯の中に顔を半分までつけて
私は今日一日の記憶を手繰り寄せていた。