第17章 【琥珀色】訪問診療録(前編)
~Sideハイリ~
「寂しい」と既に思ってしまったのは
いつの間にか不機嫌な顔が優しいものに変わったからだろう。
この人はちょっとタチが悪い。
故意じゃない所が特に…
思いが感情に出てしまったのかもしれない
別れ際にひらひらと振った手をくんっと引かれ
上体は大きく前へと傾いた。
「転倒」の二文字が頭をよぎる前に
手はそれを阻止しようと目の前の物を掴む。
視界の半分を占めてた、改札口の向こう側のロータリー
その視界が焦凍の顔で埋め尽くされたかと思ったら
フッと顔に息がかかってニヤリ、笑われたのがわかった。
「寂しいって顔に書いてんぞ?」
「な…っっ」
いや「寂しくなんかないんだからねっ」なんてお決まりの台詞が出て来る程、私はツンデレじゃない。
そう言うセリフは爆豪くんの方が似合いそうだ。
言葉を詰まらせたのは別の理由だ。
ここは駅で改札口で、しかも焦凍の実家の最寄り駅で
いわゆる地元と言うやつでしょう?
何処だろうと場所を気にしない人だけど
下手したらご近所さんも居そうなものなのに
(今…キスっ……)
まだ温度の残る唇に指先二本を乗せてみる
実感すると後からじわじわと熱がやってきて
もう、何が誰の温度なのかわからなくなってしまう。
じりじりと頬を焦がすのは
羞恥か怒りか喜びか
「っ……焦凍っ!」
「行くぞ。」
「へ!?」
「帰んのは飯食ってからでも良いだろ。」
たぶん、喜びだ。
「うん!」
差し出された大きな手を取って改札口を抜ける。
確かにお腹もすいたし
帰ったって一人だし
そもそも私が帰るのは自宅だし
言い訳を沢山並べたあと
最期に呟いたのがきっと本音だ。
(ちょっとだけ…。)
自分に甘い自分に呆れながら
絡められた指を握り返した。