第3章 【桜色】恋愛性免疫不全
~Side轟~
夜中なんて言ったが
実の所、目が覚めたのは夜明け頃だ。
動いてる電車もあったかもしれないが
先ず帰る気になれなかった。
『なりたい自分になっていいんだよ。』
昨夜くれたあの言葉はきっと今俺が一番欲していた言葉だ。
夢の中でも目覚めた後ですらそう思えた。
言った本人は何も知らねぇで俺の腕の中に納まって
寒そうに身を縮めている。
足元の掛布団にはすぐ気付いたが使う気にはなれなかった。
長い髪に指を通しても滑らかな頬を撫でても
柔らかい唇に触れても起きやしねぇ
コイツの寝顔を見ている間は
生まれて初めてと言ってもいい、穏やかな時間だった。
あり得ねぇ展開だってのは流石にわかる。
らしくもねぇ、だけどなっちまったもんはしょうがない。
気付いたもんはしょうがない。
たぶんこういう気持ちの事を言うんだろう。
「好きだ…。」
気持ちのまま零した言葉は
夢の中の本人に届く筈もなく、ただ薄闇の中に落ちていった。
「起きて…ね?
私は良いけど、轟くん制服のままなんだよ?
皺になっちゃう…。」
起きてからはずっとこんなだ。
時間だの電話だの服だの、良く次々に思い付くもんだと
感心すらする。
大体、制服のままベッドどころか野外で寝ていた奴が言っても説得力がねぇ。
とうに目は覚めていたが離す気なんざ更々なかった。
気分はゲームだ。根負けさせた方が勝ち。
「轟くんっ! 起きて!
ねぇ、起きてってば…もう。」
暫く俺を起こそうと頑張っていた声も徐々にトーンが下がっていく。
ようやく諦めたと内心笑っていると左頬から目元にかけて何かが触れたのを感じる。
何をしているのかわかったのは、掠れた声を聞いた後だった。
「痛かった…だろうな。
痛かったのは心の方か…。
いや、どっちもだよね…?」
見なくてもわかる。
俺の火傷の痕を癒す様に撫でながら、泣いてくれているんだと。
別にもう痛くもなければ痕を気にしている訳でもない。
それでも、その様を一目見たくて
自分で勝手に始めたゲームに白旗を上げた。