第12章 【桜色】ヨマイヤマイ
~Sideハイリ~
カタリと小さく椅子が鳴く。
その音に
呼び止められたかのように焦凍が動きを止めた。
「ユウナ…背、見ていいか?」
浮かび上がった声は、さめざめと
涙も流していないのに
そう感じたのは何故だろう…
目を見てその人の心情を読み取ることなら
割と得手としている事だと自分でも思う。
だけど突如変わったその色はあまりに複雑すぎて
読み取ることなんて叶わなかった。
「焦凍…?」
見せていいのだろうか?
迷いはすれど背を露わにしたこの姿で
一体、何をどう隠せというのか…
優しく細められた目に対して
腕に込められる力はどんどん強くなる。
そのアンバランスな光景に
背を粟立たせているうちに、私の身体はいとも容易く反転した。
「背中が…どうか――…」
「心配すんな、痛くはしねぇ。」
言葉を遮ったのは柔らかな声音。
なのに、背を僅かでも隠していた布全てを
荒々しくはぎ取られ
何も纏わぬ肌に空気がヒヤリと触れる。
何を確認したかったのか
気付いたのは
この背を這う舌の感触に身を捩らせた後だった。
(すっかり忘れてた
全然痛くないから……。)
目の前の壁に頭をつける。
爆豪くんが庇ってくれたとは言え
あれだけ盛大に倒れ込んだんだ
傷の一つや二つはあるだろう。
昼休みの時と同様に
血くらいは滲んでいるのかもしれない。
「傷だらけだな…」
あまりに抑揚のない声に
顔を上げる事すら出来ない。
時折耳に届く儚い水音が
ぽたりと音をたてて落ちる涙のようで
「痛くは、ないよ?」
それを言うだけで精一杯。
背にある傷はきっと大したことは無いと思う。
例え自分は診れずとも
怪我した本人がさほど痛みを感じてないんだから
それは確かだ。
だけど…
心配をかけていることに変わりはない。
私がどう感じているかじゃない。
焦凍がどう感じているか…が問題なんだ。
(なんて言えばいいんだろう…)
悩む頭に次の声が降り注ぐ
その声色は淡々と
だけど重く、低いものだった。
「わりぃ、優しく出来ねぇ…。」