第12章 【桜色】ヨマイヤマイ
~Sideハイリ~
首にチリと走ったのは
熱く、甘い痛みだった。
(昨日の比じゃない。)
刻まれたのは
自分の身体中に散りばめられている痣と同じもの。
なのに与えられる熱さの違いに
下から上へと肌が騒めき立っていく。
突然どうしてしまったのだろう…?
訳も分からないまま受け入れるのは
彼の余裕の無さを感じ取ったから
ただ、それだけ
それだけで十分すぎるくらいだ。
ぷつとなる音が
身体の内側から鳴っているようだった…。
ヒヤリと胸元に空気が触れると
もう1つ同じ音がして
シャツのボタンが外されたことに気付く。
解かれたネクタイは
まだ私の肩にだらりと掛けられたまま
襟でその位置を漸く保っている程度。
緩んだそれは徐々に力を無くし
ネクタイが音も無く足元へと滑り落ちていく。
耳元でその様を楽し気に笑う吐息は
決して私へ向けられず。
まるで
顔を合わせるのを避けているかのように思えた。
「逃げて、いいからな?」
ボタンを外し終えた長い指が
首を伝い鎖骨を撫でる。
ゆっくり輪郭を滑るように動くそれは
きっと
逃げるための時間を作ってくれているのだろう……。
先程と違う声音が
そう告げていた。
戸惑いが無いと言ったら嘘になる。
いくら夜でも、人は皆無なわけじゃない。
校内でこんな事…
見つかってしまったら、
いくら自由な校風の雄英と言えど
どうなるかわからない。
お互いの為、
相手を思いやるなら止めて然るべきところ。
だけど逃げていいと、
葛藤が滲む掠れた声が
そうはさせてはくれなかった。
「逃げないよ…。」
動きを止めた焦凍の手を取り
ゆっくりと自分の席へと向かう
何がしたいのか…
問われると
言葉にするのは難しい。
混乱するのは珍しい事じゃないけれど
なんだかさっきから考えがまとまらない。
でもたぶん
ドアから離れることで
逃げる気なんかないって
示したかったんだと思う。