第12章 【桜色】ヨマイヤマイ
~Side轟~
舌を軽く這わせただけで
甘く、くぐもった声が耳に届く。
「ひぁ…んっ…」
空気の冷え切ってしまった教室内。
その空気さえ震わせないようにと
すぐに押し殺された声を聞くだけで
口が笑みを象るのがわかった。
それは
ハイリを安心させるようなモンじゃなく
寧ろ追い詰めかねないような加虐的な笑み。
見なくともわかる
引きつるように吊り上がった頬の感覚が
その冷たい形を顕著に示す。
フワリと甘い香りを放つ髪に頬を埋め
そんな笑みなんざ隠してしまえばいい。
見せたくないのはハイリにか、俺自身にか。
昨夜とは真逆のハイリへの欲求は
その正体を覚らせぬまま俺を突き動かす。
緩やかなヴェーブは光さえ通さぬカーテンの様に
ハイリと俺の間を遮った。
「結構、すぐ消えてくモンなんだな…。」
「…ぅ…ん……?」
濡れた痣が僅かな光を受けて
淡く光る。
指先で撫でた箇所は鎖骨の少し上
二日前に刻んだばかりの印は
まだ色はあれど大分薄れている。
昨日もなぞったつもりだったが
あまり意味はなかったみてぇだ。
もう一度、と唇を再び寄せて
走った悪寒。
ゾクリと身を震わせたのは
何の感情か…。
歪で毒々しい。
わからねぇ。
知りたいとも思わねぇ。
ジワリと広がる感情も
聞き返された声をも無視し
また同じ場所に印を刻む。
「……っ……。」
二日前も、今も
俺を突き動かす感情は本能に近い。
(俺はエゴイストの塊だ。)
あの最低な男となんら変わらねぇ。
炎を纏い、俺を「最高傑作」と呼ぶ男を脳裏に描きながら
どんなに決別を望んでも
結局俺は、あの男の息子なのだと
そんな自分を蔑んだ。