第11章 【桜色】慢性合理的疾患
僅かに時を戻し、こちら観戦側。
試合直後こそ固唾を飲んで見守っていた一同も
真剣勝負とは言えぬ2人の雰囲気から
口も空気も緩ませていた。
開始直後の爆豪の一撃に眉をひそめていた女子生徒。
かと思いきや、突然始まった雑談に首を傾げる男子生徒。
声は
水中の空気玉のように自然と上がる。
「なんか爆豪、やる気なくね?
緑谷ン時とは違い過ぎるだろ…。」
「そりゃオメー相手が女の子だからだろ?
手加減して……いや、しねーなアイツは。」
上鳴と切島の会話には
その場のほぼ全員が同意だった。
あの爆豪が加減している…。
いやむしろ…
「加減というか、翻弄されているみたいだ。」
視点を二人に定めたまま呟いたのは
つい先日爆豪の攻撃を容赦なく受けたばかりの緑谷だ。
真剣勝負に似つかわしくない空気を醸し出す二人に
一同は担任、相澤へと視線を向ける。
この勝負に賛同した時は
何を考えているのかと我が耳を疑ったが
まさかこれがハイリの勝ち筋だとでも言いたいのか…?
この偶然出来上がったような状況が…。
生徒の問う視線を一身に受け、相澤は静かに口を開いた。
「お前ら、何度叱っても一心に尻尾を振って
すり寄って来る仔犬に刃を向けることが出来るか?」
返されたのは一見脈絡のないもの
しかも問いに対しての問いだ。
当然、一人を除く一同が首を傾げた。
そんな自分の生徒を一瞥し
仕方がない、そう言いたげに溜め息をつくと
相澤はもう一度その口を開く。
「できねえだろ。特にヒーロー志望のお前らはな。
爆豪も同じだ…。」
顎で指し示されたのは
今まさに棒の先で撃たれんとするハイリの姿。
大きく体勢を崩したハイリは衝撃に備えて肩を竦め
身を小さくする。
その姿はまさに仔犬。
担任の言葉を聞いたこともあってか
伏せられた耳も、身体の内側に巻き込まれた尾も、目に見える様だった。