第10章 【桜色】二重カルテ
~Sideハイリ~
ホッと息をつく彼に悪気はなかったのだろう。
指先にキスを落とし和らげた瞳は
たまに見せる意地悪なそれとは全然違うものだった。
「あの、何だったの…?」
とりあえずは説明が欲しい。
もはやいつもの事になりつつあるけど
この人の行動は本当に読めないのだ。
遠慮ぎみに尋ねると
焦凍は小首を傾げながら、握りしめられたままの私の手を
目の高さまで持ち上げた。
「血…って言わなかったか?
てか、いつ怪我したんだ?」
「怪我…。」
ようやく理解した「ち」の意味
それは怪我と言うには、あまりにも小さな擦り傷だ。
血が出ていたことなど
本人さえ気付かない程小さな…。
「なんだ…私てっきり昨日みたいに…」
気が抜けすぎてうっかり放った言葉は
必要以上に余計だった。
はっと口を抑えても
もう遅い。
後悔とは、先に立たないから後悔というのだ。
「昨日」の一言でどこまで察したのかはわからないけれど
気遣う瞳は徐々に愉し気に細められていく。
「ハイリ…何考えてた?」
「ちがっ…!」
「何が違うんだ?」
間抜けに開けたままの口に
マカロニ付きのフォークを差し入れられて
反射的に口を閉じる。
食べろと言いたいのだろうけど
腰を引き寄せられたこの状況で落ち着いてご飯なんて…
(食べられるわけない…。)
コクリと喉を鳴らし、私を覗きこむ目を覗き返す。
安心したような視線はスッと距離を詰め
「今は我慢する。」
それだけ言って
何事も無かったかのように食事を始めてしまった。
いつの間にか彼との間に保たれていた僅かな距離も無くなってしまっている。
何をしなくとも、この距離を見られてしまえば
意味も無い様な気がするのだけど…
たぶん、彼なりに隠そうとしてくれているんだろう。
ものさしは人それぞれ。
彼は素直なだけなのだ。
そう考えると、あまり怒っていけないと思えてしまう。
(素直って伝染するものなんだろうな…。)
また一つ発見をした。
気持ちに素直に…
小さく笑いながら
サラダの皿を手に取った。