第10章 【桜色】二重カルテ
~Sideハイリ~
「テメェがガキの頃からこの学校に通っていた事は聞いた。
テメェの“個性”も、この学校の推薦を蹴ったこともだ。」
口外しないように言われたのだろう。
連れていかれたのは教室からはさほど遠くない
だけど人気は特に無い、廊下の端だった。
壁に当てられた背には特に痛みもない。
自分のドジで指を擦りむいたくらいだ。
今日はかなり力を加減してくれている。
目的は暴言暴力じゃない、話す事
彼の言動からそれはすぐにわかった。
いっそ怒鳴り散らしてくれれば
彼の憤りもいくらか晴れるかもしれないのに
続く言葉も静かなものだった。
「テメェの本意じゃねぇってことは朝のあれ見りゃわかるっ。
けどな、俺はそれでも納得いかねぇっ…っ。」
苦悶に歪む表情。
やりきれなさが滲む言葉。
痛む耳に手を当てなかったのは
手を掴まれているからじゃない
耳を塞ぐ権利など私には無いと思ったから。
こんな憤りを抱えているのは
きっと、彼だけじゃないだろう…。
あのクラスの誰もが多かれ少なかれ抱いてるはずだ。
雄英ヒーロー科は偏差値79、倍率300の最難関。
努力して勝ち取った席の隣に
実力の満たない、望んですらいない人間が席を並べれば…
「もっともだ。
爆豪くんは間違ってないよ。」
受け入れられるはずがない。
自分の努力を自負し、向上意識を高く持っている人ほど
それは著明に表れる。
「ごめんね、不愉快なのはわかる。」
こうなったからには
ちゃんと保健委員だろうが専属医だろうがやるつもりだ。
私はそれで飲み込めても、
「…………。」
やはり彼は無理なようだ。
同意にもお詫びにも特に反応を見せない爆豪くんは
掴んでいた私の手を投げ捨てる様に離し、
その拳で私のすぐ後ろの壁を叩く。
「違うっ、そういうんじゃねぇ…。」
壁に拳を付けたまま小さく舌打ちをする姿は
どうしたら良いのかわからない。
そんな風に見えた。
(怒りをどうしても消化できないのかな…。)
原因は私だ。
どうすればいい…?
もう、私の頭の中はそれだけだった。