第1章 東京大雪
サッシに溜まった雪を外にかき出してしっかりと窓を閉める。ぶ厚い断熱カーテンを張り、エアコンのスイッチをオンに。部屋が暖まるまで風呂に入ろう。
湯船に熱い湯を満たして、オレは全身を沈めた。
ふぅ、と思わず息が出る。
彼女に初めて会ったのは、オレがまだ北海道で暮らしていた頃、高校1年の冬だった。スキーの最中に1人で遭難しかけたのだ。
ホワイトアウトの景色の中で、彼女は美しかった。あまりにも美しかった。
オレは完全に心を奪われて、気がついたら「好きだ」と告げていた気がする。「お前に会うためにオレは産まれた」とまで言ったかもしれない。
彼女はそんなオレに眉をひそめた。その顔すらも美しかったものだ。
「とり殺そうと思ったのに」
そんな風に彼女は言ってたっけ。
「どうしてできないのかしら」
そう言って泣き出したのも覚えている。
「愛の力だ」とオレが言うと、呆れたように笑ってくれたんだ。
その後も何度も会って、体も何度も重ねたけれど、あの頃は溶けてしまうことなんかなかった。オレのいたあの町では、雪より強いものなどなかったから。
やがてオレは親の仕事の都合で東京に引っ越すことになった。1人ででも田舎に残りたいと親に言い張ったが、聞き入れてもらえなかった。
そうして東京で暮らして痛感した。彼女は白く染まった大地でしか生きられないのだと。
薄っすらとでも雪の積もる日があれば必ず来てくれた。そしてオレの目の前で、何度も何度も溶けて消えていった。
大学で北に舞い戻ってからは、冬になればいくらでも会えた。思えばあの頃が1番幸せだった。
せっかく北海道の企業を選んで就職したのにすぐ東京への転勤を言い渡された時は、よっぽど辞職しようかと思った。だがそれを言うと彼女に怒られた。
毎年移動願いは出しているが、いまだに叶わない。
冬になると少ない休みを出来る限り駆使して、北海道に居る祖父母の家に転がり込むのが毎年のこと。
いい年してガールフレンドは居ないのかといつも心配される。オレだって、できることならまともに彼女と付き合いたい。たまに南極観測隊の求人などを長時間見続けてしまう。そういうボンヤリした時間を過ごす自分に気付いてしまった時が、1番孤独だった。
「とり殺された方がよかったかもしれないな」
風呂の中でそんなことを呟いた。彼女に聞かれたら、また怒られるだろう。
