第10章 初恋
彼女は実は三回家出をしている。
1回目は俺がハジメテを奪ったとき。
忘れもしない中2の夏、ヒグラシが声を荒くしている図書室。
夕日が眩しく入ってくる1つの机に、転校したばかりで委員会の仕事を押し付けられた彼女がいた。
包帯がガーゼに変わったとはいえ、痛々しい傷はまだあった。
「…徹さん」
「帰ろうか」
るるは凄く大人びていて、同じ年齢には感じなかった。
そのせいか、友達を作るのが下手すぎた。
その上、良く言えば小悪魔かもしれない。
やたら媚びるのが上手いというか、俺みたいな外面がいいタイプというか。
そこらへんは血筋を争えないと思った。
「新しい本に保護シート貼ってて、これが終わらないと帰れないの。
手伝ってもらっていいですか?」
柔らかく言われるとこちらもなんとなく断れなかった。
それでも虚ろな目は、あの日俺が見たのと同じで、まるで夢でも見てるように思えた。
シートを少し貼っては定規で器用に空気を抜き、最後に切り込みを入れて仕上げる。
るるは黙々とその作業に徹していた。
「なんでいつもこういう仕事引き受けるの?」
「引き受けたつもりはないんだけど……」
「へえ、でもちゃんとマメに丁寧にやってんじゃん、そういうとこ、偉いよね」
「うーん、嫌いじゃないしね」
実際手際も良く、少し楽しそうですらある。
「あ!徹さん、凄いモテるんだね?
同じ家に住んでるってなに?って何人かの女の子に凄まれちゃった」
るるは怖い思いをしただろうに、ちょっと困った、という程度の笑いを浮かべてさらっと流した。
「大丈夫?怖くなかった?」
一応心配を装って聞いてみた。
こういう子に優しく声をかけると容易く靡く。
それは獲物を狙ってるこちらからしたら凄くありがたい。
「ううん、全然!
やっぱり片想いしてる女の子は可愛いなって、思っちゃった!」
「彼女たちはミーハーなだけだよ、俺に近づきたいだけ」
「そうかなぁ」
本をトントンと机にたたき、揃えると書庫へと運んでいく。
「じゃあ、家も一緒だし、帰ろう」
鞄を持つるるの手にはまだサポーターが巻かれている。
「持ってあげる」
俺はるるの鞄を持ち上げ、肩に掛けた。
「重いよ…!大丈夫?」
「どうってことないって」
笑いながらそう言い返した。
彼女は最終的に折れると、二人でのんびり家路についた。