第30章 【番外編】見ている景色
「悪ぃ…」
「…だい、じょぶです…」
頭がぼんやりするのか、るるは何を見るでもなく、一言だけ呟いた。
誰も来ない広い池の水面はやっと落ち着いた。
「誰かに見られないうちに行くか…」
「繋心さん……」
「あ?怒ってんのか?」
「違います……立てません…っ」
「……」
お姫様抱っこ、とやらをして車まで戻った。
終始お互い無言だった。
なんとなく、なんとなく気まずくて。
ガキの頃のデートをふと思い出した。
「大丈夫か?
寝てていいから…な?」
助手席に横たわらせると、不安そうな顔をされた。
改めて出発させる。
行為の後の一服がいつもよりマズイ。
「繋心さん、は、本当に、楽しかったですか?」
涙ぐんだ声で、そっと、そんなことを聞かれる。
「俺は、お前が楽しそうにしてんのがいいんだよ」
「…ほんとに?」
遠慮がちに膝に手を置かれる。
可愛くて、愛しくてすぐに重ねる。
「だって、ね、私には、なんの価値もないんですよ?
一緒にいつもいるのに、お休みも奪っていいのかなって。
だって、お友達と遊びたい時もありますよね?
部活の試合入れたい時もありますよね?
疲れた身体を1日ゆっくりさせたいですよね?
それを、私が、独り占めしていいのかなって…。
だったら、せめて、楽しくしてくれたらなって…」
「あのな……」
はーっと深いため息が出る。
なんで毎日こんなに可愛がってても、俺の気持ちが半分も伝わってないのかと悲しくすらなってくる。
「そのぐらい一緒にいたいってこと!!
こんなつまんねー場所も、るるとなら楽しいし、そこらで買い物するだけでも、今までと同じ景色が違って見えんだよ!!
わかれよ、そんくらい……」
「……!ごめんなさい…」
「ったく……帰ったら見てろ、明日も立てなくしてやる」
「……」
目をぱちぱちさせるとるるが俺を覗きこむ。
「また、どっか連れてってくれますか?」
「どこでも」
「ありがとうございます…!」
嬉しそうに笑うと、窓の外に虹がかかるのが見えた。
なんともないそんな風景なのに、感動する。
「わっ、すごい…!」
窓を開けると雨上がりの空気が入ってくる。
まだ濡れた髪が、風に踊らされてる。
そんな、いつもの情景が、一瞬が、大事に思える。