第7章 新年のご挨拶
あ、この人見たことある。
夕の試合を見に行ったとき、一緒に試合に出ていた人だと思う。
ユニフォームを着ていないから感じが違うけれど、たぶん合ってる。
「あの、夕、来ていませんか?」
「ゆう? …もしかしてノヤっさん…西谷のことか?」
こくこくと頷くと、ニット帽の人の目が大きくなった。
「あっ、もしかして、春華…ちゃん? ノヤさんの隣の家の」
「は、はい。そうです」
何で、私の名前を知っているんだろう。
夕が話したのかな。
「ノヤさんならさっき顔洗いに行ったとこだぜ」
「顔を洗いに……そっか…」
魔除けに乗じて、『潔子さん』除けにならないかな、なんて思って書いた『スキ』の文字。
きっと夕は気付いてない。
水と一緒に流れて消えちゃうような『魔除け』なんて効果薄いと思う。
自信なげに書いた『スキ』の文字は、夕の顔の中で自己主張控えめな小さな文字だったし。
新年早々、フラれるなんて縁起悪いし。
春高応援行きにくくなるし。
毎日、顔合わせづらくなるのも嫌だし。
たくさん理由を並べて、自分の勇気のなさを正当化する。
だってそうでもしないと、押しつぶされちゃいそうで。
「…な、なぁ。アレってさ、やっぱイタズラ?」
「アレ…?」
ニット帽のボンボンがピタッと止まって、またユラユラし始める。
聞きにくそうにしながらも、ニットの男子は興味を隠せないのか再度私に問いかけた。
「ノヤさんの顔に書いてただろ、『スキ』って」
「…っ!!」
えっ。
なんでこの人が知ってるんだろ。
あんなに小さく書いた、自信のない私の気持ちに気が付いちゃったんだろ。
まさか、まさか。
夕にまでバレてないよね。
「えっ、それ、夕は気付いて……?」
「あー…悪い。ノヤさん気付いてなかったけど、俺が教えた」
「……終わった……」
がくんと、膝から力が抜けてった。
へなへなとへたりこんでしまった私に、ニット帽の男子は慌てた様子だった。
「あっ、言っちゃマズかったのか?!」
悪い、本当にスマン! と何度も謝られたけれど、半分意識のとんだまま「気にしなくていいよ」と返す。
書いたのは私だし。
ニットの子が言わなくても、気が付いたかもしれないし。
「龍スマン待たせたな!」
「っ、ノヤさん」
「…春華? お前なんでここに…」
後ろから夕の声がする。
でも振り返れない。