第7章 新年のご挨拶
どんどん遠くなる背中を見送っていたら、汗が冷えて急に寒く感じるようになった。
烏野。
私の知らない夕がいる場所。
家なんて隣通しで毎日顔を合わせるのに。
いつの間にかずいぶんと遠い人になってしまった。
あぁ、そっか。今寒いと思うのは。
冷たい風のせいだけじゃない。
ーー夕が、そばにいないからだ。
針が刺したような胸の痛みに、目の端に涙がにじんだ。
春高に応援に行っても。
遠くから夕を応援することしか出来ない。
だけど『潔子さん』は。
私の数倍も近いところで、夕を応援するんだ。
「…私も、烏野に行けば良かった」
呟いたって、もう遅い。
タイムマシンでもない限り、今の二人の関係は変えようがないんだから。
「あんた達、そろそろ家に入ったら。あら、夕くんは? さっきまで声してたのに」
家から顔を出したお母さんは、外の寒さに顔をしかめている。
夕に呼び出されたときの私みたいだ。
「ん、なんか学校の友達に呼び出されてった」
「あの子もお正月から元気ねぇ。あら…あんたそんな上着持ってた?」
お母さんに指をさされて目を落とす。
夕が貸してくれた黒いダウンジャケットが目に入る。
あ、夕に返し忘れた。どうしよう。さすがにずっと上着無しじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。
大事な春高前に体調を崩した、なんてことになったら一大事だ。
「っ、これ夕に届けてくる!」
「そうね。風邪引いたら困るものね。…ってあんた、顔洗ってから行きなさいよ。顔中墨だらけよ」
「……!」
私は急いで顔を洗って、自転車に飛び乗った。
風を切ってびゅんびゅん進む自転車、頬に当たる風は相当冷たい。
耳が切れそうに痛まないのは、夕が貸してくれた耳当てのおかげ。
真っ黒なダウンは風を含んで、私を引き留めようと必死になっているみたいだった。
だけど急がなきゃ。
急く気持ちをペダルを踏む力に変えた。
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「おー! ノヤっさん来てくれたか……ってその顔!」
顔をあわすなり腹抱えて笑い出した龍に首をかしげる。
そんな俺に龍はなおも「顔、顔」と笑っている。
「なんだよ龍、何かおかしいか」
「おかしいも何も、自分で見てみろよ!」
言って龍は取り出したスマホで俺の顔を撮った。
撮った写真を見せられて、顔を墨だらけにしたままだったことを思い出した。