第1章 アネモネの夢00~50
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昨夜はとても楽しく食事が出来て、少しだけ呑んだのでほろ酔いで気分良く家まで送り届けて貰って上機嫌だった。
朝もその上機嫌は続いていて、仕事にもやる気が満ちていたのになんでこうなるんだろう……。
「あ、藍羽さん!」
さも待ち合わせしていたかのようにエントランスで声を掛けられ、振り返ると昨日もしつこく食い下がっていた男性社員が居た。
今日は用事もないから早く帰って家で上機嫌のまま好きなことをしようと思っていたのに、何がしたいんだろう? 嫌がらせ?
うんざりしながらため息を吐くと、足を止めてしまったせいか男性社員が近づいてくる。
ずいぶんとパーソナルスペースを割って近づいてくる男性に、一歩、二歩と後ずさるけれど更に詰められて嫌悪感に眉間にしわが寄るし気分が悪い。
「あんまり近づかないで貰えますか? 近すぎます」
「酷いな。これくらいの距離、普通じゃないの?」
「私には普通じゃありません。とにかく、離れてください」
「離れたら食事に行ってくれる?」
「それとこれとは話が別ですし、絶対に嫌です」
拒否してるのに笑顔のまま、何故かちっとも日本語が通じない。受付に居る同期が心配そうにこちらを見ているので、助けてほしくて見つめれば席を立って近づいてきてくれる。
けれど、彼女が来る前に更に近づいて来た男性社員が私の手を取った。
「嫌っ!」
「おっと……、いい加減慣れてくれないかな?」
「意味が分かりません。放して!」
手を取られてぞっとする。反射的に振り払おうとするけれど男女の力の差は大きくて、逆に強く握りしめられてしまう。
慌てて駆けてきた同期が割り込んでくれて、ホッとしたけれど男性社員の前で気弱なところを見せるのはダメだと努めて無表情を装う。
握られた手は放して貰えないどころか絡まってくる、気持ち悪くて鳥肌が立って仕方がない。どれだけ断ってもまるで意味をなさない。
噂では、彼は営業部でもそこそこの成績を収め、要領も良く、会話もきちんと出来る人間だという話だったのに。