第1章 アネモネの夢00~50
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「雹牙君これから藍羽君と夕飯でしょ」
「確かに定時だが」
「最近藍羽君、ちょっと困ってるみたいだから」
頼んだよ、と笑う松本殿は度量が大きいというか。「うちはホワイトな企業だから君も終わる!」と言って仕事を終わらせ他の課の見回りをしに行ってしまったので
今日は百合と食事の約束をしてたなと時計を見てLINEを開く。
百合が困ってると言われて、また何に巻き込まれてるんだと秘書課に向かえば、男にしつこく夕食に誘われてるところを見つけた。
「あ、藍羽さん! 仕事終わった? 今からなら良いよね?」
「良くないです。私、今日は用事がありますし、用事がなくてもお断りします」
ああ、断っても断ってもしつこく食い下がって来るのか。
己もこの前まで百合の元同僚にされてたのを思い出しながら、百合の名前を呼ぶとこちらに気付いたのか顔を上げて安心した様に表情を和らげる。
ドクリと、己の中で何かが動く。まるでお市様に対峙した時の様な、無意識に安心を覚えて思わず少し首を傾げた。
「終わったか」
「終わりましたよ、さっさと行きましょう」
「貴方は…最近社長と一緒に居る」
「織田雹牙だ。百合は今日、俺と約束がある。残念だったな」
百合の肩を引いて、男に言い放つも男の目は諦めていない様で。面倒な奴だと思いつつ、早く帰る用意をしてこいと百合に言うと頷いたのを確認した。
「藍羽さんと付き合ってるんですか?」
「一応家族ぐるみで付き合いはあるな、迷惑がられてる自覚は無いのか?」
「一緒に居る時間が長ければチャンスはあると思います」
「言っておくが、そう言って自覚無しにストーカーに走る男も多い事を忘れるな」
「なっ…」
「遠慮している?それはお前の錯覚だ、本気で嫌がっているのも視野に入れんと問題になってからじゃ遅いぞ」
帰宅準備を済ませた百合が出て来たので会話はここで終了。男に思い切り睨まれてるが嫌われてる自覚が無いのも頭の中が幼い証拠であろう。
手を回したくば相手を思いやればいいものを。
"お前なんか認めないぞ"
男の唇がそう動いたのを確認してから面倒くさそうに息を吐く。お市様に何も無ければどうでもいいんだが。