第1章 アネモネの夢00~50
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雹牙さんが来て直ぐ、私は追跡アプリを立ち上げた携帯を差し出した。
「私は足手まといになるので一緒に行けません。万に一つ、私まで相手の手に落ちるのは不利です」
「だが、これを持っていくと藍羽が不便だろう」
「基本的に連絡はラインですし。ラインはパソコンでも出来ますから。今からアプリをダウンロードして設定してなどしていたら時間がもったいないです」
「わかった」
躊躇する雹牙さんの手に無理矢理押し付けると簡単に使い方の説明をする。その間に晴久君も到着して、雹牙さんと一緒に来ていた昴君が念のため私の護衛として残ってくれるらしい。
アプリを手に駆け出して行った雹牙さんたちが、ビルや屋根の上を軽々と飛び渡って行くことは見ない振りをした。
今はそのことに囚われている場合でもない。
「市ちゃんが無事でありますように……」
私はただ祈るしかなかったが、実はもう一つ渡した携帯に仕込んでいたものがある。
「よいしょ」
「何するんですか?」
「一緒についていけないから、携帯にもう一つ仕込んだんだよね」
パソコンを開くと、ラインに似たアプリの窓が通話中になっている。音量を上げるとびゅうびゅうと空気を切る音が聞こえてくる。
十分ほどだろうか? ピタリと音が止んで雹牙さんと黒羽さん、晴久さんの会話しているような声が聞こえてきた。
隣では昴君が興味津々で画面を覗き込み、聞こえてきた声に若干顔をひきつらせているけど見ない振り。
空気を切る音が止まって数秒後、くぐもってはいたけれど間違いなく市ちゃんの声だと判断できる叫び声が聞こえ、ガラスの割れる音が鳴り響いた。