第1章 アネモネの夢00~50
初めてそれを目の当たりにしたけど、とてもみっともないしこんなロビーでやることでもない。怖い顔をされても全く気にならないので、見なかった振りでスルーしながら雹牙さんと黒羽さんを社長室へ案内する。
「悪かったな、助かった」
「いえいえ、あれはちょっとみっともなさ過ぎて同じ社員としても恥ずかしかったですから」
「大丈夫ですか?」
「え? 何がですか?」
「いえ、彼女に目を付けられたようでしたから」
「ああ。たぶん大丈夫ですよ。私と仲の良い同期はみんな私と同じ評価ですから」
噂で聞いていたんですよと説明すれば、なら良いけれどと頷かれたけど何故か雹牙さんは難しい顔をしていた。
どうしたんだろうかと首を傾げて見ていたら、誤魔化すように伸びてきた手に頭を撫でられて雹牙さんは黒羽さんより先に社長室へと入っていく。
黒羽さんもクスリと笑って気にしないでくださいねと声を掛けて、雹牙さんを追いかけるように中へと入っていった。
それを見送ってお茶を出すために給湯室へ行くと、先ほどの同期の女性が待ち伏せしていたようで壁にもたれて立っていた。
私が無視して中に入ると追いかけて入ってくる。隅へと追い詰めたつもりなんだろうか?
「貴女、生意気なのよ!」
「はぁ……」
「バカにしてるのっ?!」
「そうは言われましても、今はまだ就業中ですし私は社長からの指示でお客様をお迎えに上がっただけです。貴女こそ、何をされているんですか? 重要なお客様であることはご存知なんですよね?」
「なっ……くっ、何よっ! まるで私が悪いみたいな言い方ッ!」
「今回は、どう考えても貴女が悪いと思います。就業時間中に、あんな他者の目がある場所で、堂々と色目を使われていました、よね? 他の社員やお客様の目にどう映ったかはわかりませんが確実にわが社の質を疑われる行為ではないでしょうか?」
仕事を優先する身としては、怒鳴られたくらいでおびえて仕事を放棄するというのはあり得ない。よって、手を動かしてお茶を準備しながら淡々と返事をすると顔を真っ赤にした同期は給湯室を飛び出していった。
一体何をしに会社に来ているのか、ため息を吐いてしまいながらお茶を手に私は社長室へと戻った。