第2章 アネモネの夢51~99
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さんま祭りで晴久君が市ちゃんを、雹牙さんが私を連れて分かれてから最初に連れてこられたのはブランドショップが立ち並ぶ街並みが多い都心だった。
「雹牙さん?」
「泊まるにしても着替えも何もないだろ。お前は特に、和装で動くのは慣れてないみたいだしな」
どうしたんだろうと首を傾げて名前を呼ぶと、繋いだ手の指を絡めて親指が私の手の甲を撫でつつそんなことを言われた。
確かに着物なんて滅多に着ないし、下駄だって履き慣れない。ましてやお泊りなんて想定外で、そこに思い至って内心で焦る。
何も思わないわけでもないけどまだ心の準備は出来ていなくて、もしかして今日? と思うと足が竦んでくる心地がする。
実際には手を引かれてるからちゃんと歩いてるんだけど少しだけ速度が落ちる。
「とりあえず、着替え買いに行くぞ。それからホテル取って、洋服に着替えてからどっか行くか?」
「え……っと」
「別に焦ってない。お前の気持ちが追い付くまで待つ。とりあえず、敬語止めるとこからか」
「う……」
歩みが遅くなったのに気付いた雹牙さんが、ちらりと私を見て気を紛らわすように告げてくれる言葉につい戸惑う。
洋服に着替えるのは賛成だし、さんま祭りは昼間に行われるお祭りだったのでまだまだ時間がある。たくさん食べたから腹ごなしもしたい。
それでも戸惑ってる私に小さな息を吐いて立ち止まった雹牙さんは、片眉を器用に上げて見せ繋いでいない手で撫でながら安心させるように言った。
その内容に複雑な安堵を感じつつ、最後に告げられた言葉にお礼を言おうとした言葉を詰まらせてしまった。年上で、彼氏とか言う前に尊敬できる人で、どうしてもすぐに口調が崩せない。市ちゃんには口調が崩れているのを見て権力がどうのというわけではないというのは察してくれているんだろう。無理強いされるわけではないけど、申し訳ない気分になる。
「が、んばる……」
「ふっ、それもゆっくりでいい」
「うん、ありがと」
柔らかい笑みを浮かべて言う雹牙さんにコクリと頷き、腕に身体を寄せて肩に頭を摺り寄せるとぽんぽんと撫でられてまた歩き始める。
洋服を買って、下着も外で待ってて貰って買って、鞄と靴と一式、全部雹牙さんがいつの間にか支払ってくれててちょっと揉めたけど結局私が折れてしまった。