第1章 アネモネの夢00~50
「で、どうだい?」
「っ!? あ、なた、は?」
「松本君から依頼を受けてね。君だろう? あの娘に懸想して、自分の気持ちを押し付けるばかりに彼女の本心をくみ取れなくて嫌われたっていう男は」
「ぐっ……そ、れは」
「言い訳は結構。で、松本君に釘を刺されて冷えた頭で見て、どうだい?」
偶々、社長から直々に受けた出張の依頼が、慰安旅行に出たらしいと秘書課の女性に教えて貰った彼女と同じ地だった。
ほんの僅かなきっかけでもあればと思い、つい街を彷徨ってしまった。どこに行っているともしれない彼女を追うなど、情けないにもほどがあったがどうしても社長の言葉を受け入れるには抵抗があった。
駅で会ったおばあさんから、女性にお土産ならお菓子街道に行ってみると良いと言われ、目的もないまま訪れてみたら会社の時とは全く違う、幼げな表情で安心しきったように手を預けてあの美麗な男と歩く彼女を見つけた。
あれはどう見ても、僕が思い込もうとしたような無理矢理な関係ではない……。認めざるを得ない場に立たされ、それでも違うと否定しようとした俺の心を知っているかのように声が掛けられる。
驚いて振り返るとあの彼女の隣に居た男が年齢を重ねたらこうなるだろうと思えるような、良く似た男が背後に立っていた。
何もかもを見透かすような真っ黒な瞳が僕を見つめ、口元だけが笑っている笑みを浮かべて僕の否定したい心を殺していく。
「……社長の、言う通りですよ」
「そうだね。君と彼女が対面している様子は、防犯カメラに映っていたという写真数枚でしか見ていないがあいつの隣に居る彼女と見比べたら比べるまでもない」
「そう、ですね。僕は、彼女の表向きな表情しか見せて貰えなかったし、それを彼女だと思い込んでいました」
社長の差し金だと言う彼に、僕は反論のしようもなく項垂れる。徹底的に折られた自分の心と、何よりも一度思い込んだら周囲を見ることが出来ない視野の狭さを同時に指摘された。