第1章 砂漠の月00~70
02
放課後になって、月子はいそいそと帰宅準備をして教室を出た。
目指す行き先はほとんど人が居なくて憧れの人物、尼子晴久の部活風景を見ていることが出来る穴場スポットである。
視線にも敏いと思われる晴久とその幼馴染たちにも見つからないような場所で、月子が晴久と同じ学校であると気付いて数日後に見つけた場所は夏でも少しだけ肌寒い日陰だ。
こそこそと隠れながらその場所に辿り着き、そこから部活風景を眺めると部活動中の晴久が良く見えた。
「凄いなぁ……」
運動にはあまり自信がない月子は部活動で機敏に動き回る晴久を視界に収め、嬉しそうに目を細め感想をダダ漏れさせた。こうして晴久を眺めるのは月子の日課になっている。
彼の姿を初めて見たのはある呉服屋さんの前だった。月子は和装が好きで、多くはないけれど自分の着物を持っていて何より呉服店のショーウィンドウを眺めるのが好きだった。
展示用の衣装はその店の店主の目利きが良く解る一品で、好みのデザインで良質の着物を置いているショーウィンドウを見かけると足を止めて時間の許す限り眺める。そんなことを良くしていた。
その時も、そんな風に視界の端に気にかかる着物を見かけて足を止めたのだ。少しだけ行き過ぎた身体を引き戻そうと振り返った時、気になった着物の横に貼られたポスターの中の人物たちに目が行った。
着物を着なれていると一目でわかるポーズで立つ男性の片方に目を奪われて、一瞬息が止まったほどだ。どう表現したら良いのか月子には判らなかったが、胸をわしづかみにされるというのはこういうことかと納得出来てしまった。
しかし、その時はどこかのタレントかそういう場所に登録している様な人で縁などないと思っていたのだ。
「こんなに近くに居たなんて、思わなかったよねぇ……」
しみじみと零れる自分の言葉に、誰も居ないのを良いことにうんと一つ頷いて目の前の景色に居る晴久を目で追う。
月子は今日の自分へのノルマとして朝のあの挨拶ともう一つ、部活終わりにタオルを渡してスポーツ飲料を差し入れることを目標にしている。
そのためにはタイミングは重要で、部活動に励む人間の合間に見え隠れする晴久の様子をじっと見ていた。