第2章 砂漠の月71~150
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月子がその場所を通ったのは、単純にその廊下が目的地に一番早く着く道順に入っていたからである。
しかし、ある新入生はそうは思わなかった。
その新入生はとある会社の社長ご子息で自分の思い通りにすべてが動くと思っている節があり、誰の言葉も自分にとって良い内容にしか解釈しない非常にはた迷惑な人間であった。
中等部からの持ち上がり組ではあったが、そんな性格であるため周囲に居るのはおこぼれに預かろうという腰ぎんちゃくばかり。
つまり、中等部ではやりたい放題だったのだ、と言えなくもない。窘める人間も居ないその新入生は、増長し、そうして挨拶運動で立っていた月子に目を留めた。
「毛利月子!」
廊下を歩いていた月子を、新入生が呼び付ける。反射的に立ち止まって振り返った月子が目にしたのは、新入生の一人である男子だ。
けれど、月子は彼のことを何も知らないため可も不可もない表情で首を傾げる。
さらりと肩から零れ落ちた髪に周囲に居た新入生の幾人かがため息を吐いた。
「どなたですか?」
「何? 俺を知らないのか! いや、知っていて知らないふりをしているんだな! 恋に落ちる瞬間というものの演出ならば、応えよう!」
腕を組み、自分は知られていて当然という表情の男子に月子が問いかけたが、返ってきた言葉に眉を潜める。
月子は基本的に人見知りであるため、関わりのない人間は男女問わず顔と名前を一致させていない。それでも関わりのない相手を一致させている場合はそれが必要だったからであって、決して知人友人であるからという理由ではない。
それゆえ、芸能界には疎くクラスメイトからは時折雑誌を手に色々と教えられるが、晴久以外に興味がないため男性タレントに関しては覚えはあまり良くない。
そんな月子がただの新入生を覚えているはずもなく、どこかの御曹司だったとしてもそれは兄や晴久の方が上等であるため覚える必要がないと無意識に選別していた。
「俺は坂本だ! 電子機器の坂本と言えば知っているだろう、その社長子息とは俺のことだ! 毛利月子、お前を俺の許嫁と認めよう! 今ここで誓いを立てるぞ!」