第1章 砂漠の月00~70
「は、るひさ、せんぱい、は?」
「今日はあやつに用事があったので一人学校に残っておる。其方が怯えている従姉もな」
「っ?! そんなっ!」
「大丈夫、よ」
「でもっ……」
「晴久を、信じてあげて?」
リビングに入ってきた市と元就の後ろからもう一人の姿が見えないことに、月子は不安な表情で元就に尋ねた。元就は事もなげに言い放ったが、月子には衝撃的な言葉でソファから立ち上がると反射的に叫んで再び玄関に走ろうとする。
しかし、それを止めたのは市で、抱きしめるように身体を抑えられて言い聞かせるように囁かれ、月子は言葉を失くして促されるままソファに座り込むと俯いてしまった。
そんな月子を見て、市と元就は顔を見合わせる。月子については元就が主として動いているらしく、毛利の両親は後を預けて既にリビングを出ていた。
その頃、晴久は教室で一人帰り支度をしていた。やらなければいけないことは当に追わり、習慣で月子のクラスへと行ったがここ数日変わらぬクラスメイトからの、ホームルームが終わると同時に帰って行ったという言葉を聞いて自分の教室へと戻ってきた。
月子の態度にイラつきながらも、それについて動くことも出来ない臆病な自分に余計に腹が立っていた。鞄を手に持ち帰ろうとしたところで、教室の扉の方から数日前に来たばかりの転校生が厭らしい笑みを浮かべながら入ってきた。
「晴久君、今帰り?」
真っ直ぐに晴久に向かって歩いてきた転校生に、晴久は一瞥しただけでその横を通り過ぎようとする。しかし、転校生の手が晴久の腕に伸びてきたのが視界の端に見え、晴久はそれを避けると足を止め振り返った。
避けられるとは思っていなかったのか転校生は驚いたような表情で晴久を見た後、険しい表情で睨みつけてくる。
晴久にとっては名前を呼ばれることすら許可を出した覚えもないが、そもそも言葉を交わす気がなかったのだからそれを指摘する機会もなかった。
だが、一人の時に声を掛けてきたのであれば何かしらあるのだろうと、晴久はあえて振り向いた。ポケットの中には録音アプリを起動させたスマフォがある。
そのスマフォには元就と市が帰宅中に誘導され襲われたという連絡もきていた。だからこそ、探りを入れるつもりで立ち止まったのだ。