第1章 砂漠の月00~70
視線を逸らせなかった月子は切り裂かれた影がまだそこに留まっているのを見ていた。
声にならない悲鳴を上げながら、自分を囲い守ってくれている晴久にしがみつく。
逸らせない視線の先で、蠢いた影がもう一度襲って来そうになった所を漆黒の闇が覆い被さって飲み込んでしまった。
驚いて目を見開く月子の上で、晴久が社があるはずの方向を見て叫ぶ。
「市か?!」
「晴久! 月子ちゃん! 大丈夫?!」
晴久の声に応えるように市が駆け付けてきて、それと同時に突然消えていた懐中電灯が灯りを取り戻した。
二つの懐中電灯が照らす道は先程までの暗さが嘘のように明るく、その中で影を飲み込んだ闇がゆらゆらと揺らめいている。
月子はそれを眺めながら不思議と恐怖は抱かなかった。先程の影は声も出ない程恐ろしかったのに、今揺らめく闇は安堵すら感じている。
「えーっと……だ、大丈夫?」
「あ、は、はい! すみません! 大丈夫です!」
「無理すんなよ?」
「はい」
じぃっと闇を見つめている月子に、市が気まずそうに声を掛けるとはたと気付いて元気な返事が返る。
まだ恐怖は抜けきっていないからか、小さく震える手を握って晴久が顔を覗き込むとコクリと頷いた月子が少しだけ笑みを見せる。
晴久はそれにホッとして頭を撫でながら、月子が気にしている闇へ視線を向けた。
「気のせいにするには、ちょっと無理がある……よ、ね?」
揺らめく闇から細い手が上がりゆらりと揺れて沈んでいく。
月子がそれを見て目を瞬かせるのと、晴久と追いついた元就が頭を抑えて俯くのは同時だった。
てへっと誤魔化すように笑った市を、月子はきょとんとした表情で見て首を傾げる。自然と市と視線が合い、気まずそうな何かに怯えるような表情を見せて市が一歩下がったので月子は反射的に追いかけて月子の手を握る。
ビクリと肩を揺らした市が何かを覚悟するようにキツく目を瞑った。