第3章 三ヶ月目のさよなら
テーブルには救急箱が置かれている。そして手錠も。
「はい、右手首出して」
「あい」
あー、ちょっとしみる。だけど気持ちいい。
一松さんは、私の手首のすり傷に、お薬をぬってくれた。
さっきのベッドの続き? まあそんなことはいいじゃない。
手首の傷が響いて、イマイチ楽しめなかったし。
「はい、終わり」
「どもっす」
あー、両手が動くっていいなあ。
「じゃあ手を出して」
ガチャリ。テーブルに置いてあった手錠を取る。私は苦笑し、
「一松さーん。そういう変なプレイは止めましょうよ~。引くから~引いちゃうから~」
笑いながら、内心は心臓が破裂しそう。
何この人、何で淡々と無表情。もっとキョドるか、逆にDVっぽくなるでしょ。
何で『こういうのは、どこにでもあるごく普通のことです』みたいな態度なの。
「手首痛いし怖いし。こういうノリ、私、嫌いなんで。つながれるなら、こう、物理に頼らない愛情が至高でしょ! ね、そうに決まってますっ!!」
「手を出して」
「…………」
一松さんはいつも通り。
「もう家に帰りましょうよ。ここは私たちだけの秘密基地~みたいな感じにして、また遊びに来ましょうよ! ね? それがいいですよ!!」
「手を出して」
落ち着け。大丈夫。私の動揺はまだ態度に出てない。
私は出来るだけ真面目な顔を作り、
「分かりました、一松さん。家に帰るのは考え直します!
そこまで、私のことを思って下さってたとか知らなくて……あなたの気持ちを知らなくて、本当にごめんなさい!
私、ずっと松野家にお世話になることにします。だから、こんなことは止めましょう!」
「手を出して」
口調にも表情にも一切の変化はない。
私はどうにか唾液を飲み込み、立ち上がる。怒った顔を作り、
「怒りますよ! 私、こういうテンポの悪いコントは嫌なんです! 帰りますからっ!!」
椅子から立ち上がり、部屋を闊歩する。
……でも、手を拘束されてたときと状況は変わらない。
ドアは開かないし、他の場所も無理。そんな私を見ている一松さんに、
「い、一松さん……鍵、貸して下さい!」
返答はない。死んだ魚みたいな目で、じっと私を見ている。
息が上がる。でも大丈夫。まだ強気でいられる。まだ。
そうしたら、一松さんがポケットから内鍵の錠を出した。