第1章 私は貴方に恋をした
01
――現在
「主はん、何してますん?」
「あら、明石。見てわかるでしょ? 月見酒よ、月見酒」
「はぁ……そらまた、暇そうですなぁ」
「執務も終わったんだもの、せっかくきれいな月夜だし良いじゃない」
とある本丸の縁側、雲一つなく晴れた初春の夜にぼんやりと浮かぶ月を眺め晩酌する人物が一人。
その本丸の審神者であるその人物は、近づいてきた刀剣男子である明石をちらりと見た後、質問に答えながら酒を煽った。
明石は咎められないのを良いことにその人物の横に座ると置いてあった空の杯を手にして、横にあったぐい飲みから酒を注いで口付ける。
清められた酒の濃い酒気が喉を通り鼻を抜けて、ピリッとした辛みが舌を刺激して通り過ぎていくのを味わう明石にまたちらりと視線を向けた人物は黙って酒を飲み続ける。
沈黙は数秒、いや、数分だったかもしれない。先に根負けしたのは本丸の審神者の方だった。
「丁度数年前の今日、私が父を違う官僚に売りつけて破滅させたのよ。汚職が目に見えて酷くってねぇ……でも、私一人じゃどうしようもできなかったの」
明石は何も言わず審神者の言葉を聞いているのか居ないのか、時折空になった杯に酒を注ぐのみ。
審神者の方も特に言葉は求めていないのか、思い出していた過去を淡々と口にする。
「政治家になりたての頃は凄く良い人だったのよ。私も憧れたものよ……。でも、気付いたらすっかりと腐りきってどうしようもなかった。跡継ぎから逃れるためにこの道に入ったんだけど、ある日若い官僚が私に言ったの。父を止めないかって」
何かを思い出したのか、ふっと息を吐いた審神者はタイミングよく継ぎ足された杯を煽り、盆の上に戻すと両手を後ろに付いて背を逸らす。
見上げるのは縁側の天井、目を閉じてくくっと漏れる笑いをかみ殺した。
蛇の道は蛇、とでも言うのか跡継ぎから逃れるために入った水商売の道で審神者は父の汚職の証拠をコツコツと溜め込んでいた。
声を掛けてきた官僚のことも、新進気鋭のやり手政治家、松本煌鴉だと直ぐに気付いて父を破滅させる道を見出し一も二もなく飛び付いた。
集めた証拠の真偽も全て、事細かく記した情報を手に審神者が望んだのはいかな父でも決して手を付けられない場所への逃亡だった。