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【刀剣乱舞】不死身審神者が死ぬまでの話【最強男主】

第3章 審神者になった白い鬼




『兄上、いつかあなたを救います。良い弟になります。そうしたら俺を誉めてくださいますか、兄上』


 あれはいつの事だったか。いつものようにこの庵にふらりとやって来た弟は、たわいもない会話の中で唐突にそんな言葉を口にした。ちょうど今、人間たちが正座しているところに立って、自分によく似た顔には薄く貼り付けたような笑みを浮かべていた。


『突然何を言い出すんだ。お前はもう十分良い弟だよ』


 確か自分はそう返したはずだ。雪鴉は何も言わなかった。暑い夏の夕暮れで、影が濃く、夕陽を背にした弟の顔は墨で塗りつぶしたかのように真黒かった。顔を失くし黙って立っている弟に、彼は初めて底知れない恐怖を感じた。脊髄を冷たい手で掴まれたような酷い悪寒だったが、一瞬のことだったので気のせいだと決めつけた。いや、誤魔化したと言っても良いだろう。弟の闇は同時に彼自身の闇であり、直視するに堪えなかったのだ。もしかしたらもう、あの時既に手遅れになっていたのかも知れない。何もかもが。


 百年も前から。いや、それ以上に前から。父の犯した所業から目を反らすのを恐れ、更にその上から罪を塗りたくり沼底でもがき苦しむ兄の姿を見て、あの優しい子が何も思わなかったはずがない。きっとずっと、自分が兄を苦痛に貶めたのだと、自分を責め続けて、過去を変えることが兄を救う唯一の方法だと、信じ続けて、それでこんな事を。今更それに気づくなんて。


 どうして傍にいるときに、この手が届く間に、救ってやれなかったのか。こんな所でのうのうと、消えることの出来ない命をやる瀬なく費やしている間に、あの子は狂っていったのだ。水滴が長い月日を渡って石を穿つがごとく、静かに、けれど確実に。


 脳裏で黒い顔が笑う。それで悟る。事は知らないうちに、取り返しのつかないところまで来てしまったのだと。


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