【刀剣乱舞】不死身審神者が死ぬまでの話【最強男主】
第3章 審神者になった白い鬼
そこで突然、この山深く潜む質素な庵に身のひりつくような妙な間が生じた。それは一瞬と言うのもはばかられるほんの短い間隙であったが、得体の知れない不穏な予感を彼に抱かせるには十分なものだった。
「最近になり、歴史修正主義者――歴史遡行軍でも兵力として刀の付喪神を登用しているという事実が確認されました。更に兵士達の死体を解析したところ、一部の付喪神に同じ霊力が込められており、それが過去に収集した『ある者』の霊構成分と一致しました」
意味ありげに放たれた『ある者』という言葉に、その予感はどこか確信めいた色を帯びる。そして案の定、それは鬼神の心を最も重く、深く貫く槍となって無表情の役人の口から放たれた。
「雪鴉(ゆきがらす)。貴方様の実の弟です」
「!」
鬼神の色違いの双眸がすうと見開かれた。ぜんそくに喘ぐ病人が発するような素っ頓狂な音は、彼が息を呑む音だ。今まで穏やかさを崩すことなく人間たちを見つめていた顔が、みるみる狼狽えの色を帯びていく。人間たちの言ったとおり、それはもう耳にすることすら懐かしい、彼の血のつながった弟の名だった。
おそらくは彼の長い長い、悠久とも思われる生の中に最も深く関わったであろう存在。たったひとりの兄弟。そして不死身である彼に消えることのない傷を刻み、二度と目覚めなくさせることのできる――彼の唯一の『希望』。
鬼神はそう短くない時間、ずっとこの弟と寄り添うようにして生きてきた。自分と同じように強大な力を持て余し、死ぬことが出来ず、思い出すのも忌々しい暗い沼の底を這うような運命を強いられた、可哀想な兄弟。当時の彼の心配の種、慈愛の対象、死にそうな心を繋ぎ止める頼り綱、すべての立場を独占していたのがこの弟だった。
そんな大切な大切な弟の名が、「歴史修正」という聞いたこともないような未知の所業に関連して出てきたことは、彼にとってはけして軽くはない衝撃で、大抵のことには動じなくなったその鋼の精神をがんと音の響くほど打ちのめした。