【刀剣乱舞】不死身審神者が死ぬまでの話【最強男主】
第1章 神の初期刀・前編(加州清光、大和守安定編)
一方、清光は溢れそうになる涙を度々袖で拭いながら縁側を駆けていた。
容赦ない糾弾を浴びせてきた安定が腹立たしかったが、それ以上に図星をさされて逃げた自分がどうしようもなく情けなくて、なかなか感情の波が落ち着いてくれない。かつて刀の付喪神として仕える者に付随するだけの存在であったあの頃は、こんな気持ちになることなんて有り得なかったのに。人の身を得て変容するこの心は、激しくて、欲深くて、独り善がりで、自らの意思から離れたところで暴れ狂い肉体を支配する。
どうしよう。こんな苦しい思いをするくらいなら現世に顕現なんかしなければ良かったなんて、主と会わなければ良かったなんて、そんな事本当は思っていないのに、止められない。
「わっ」
眼前に全く注意が回っておらず、清光は向かい側から来た何かにぶつかった。うまく衝撃を受け流せずよろけたのを、その「何か」に優しく抱きとめられる。
「どうした、清光。そんなに慌てて」
見上げると、美しい男が一人不思議そうな顔をして立っていた。男が首を傾げると、彼の右の耳にある十字の耳飾りが舞うように揺れる。
「主……」
清光は何も言えず、ただ呆然とその男を――緋雨を見やった。よりによってこんな、心に自制が利かない時に会うなんて。白銀色の睫毛に縁取られた色違いの瞳を見ているだけで、泣きそうになるほど追い詰められた精神状態にあるというのに。その場を誤魔化すようなうまい言葉も出てこず、ただ顔を強ばらせて見つめてくる清光の視線に、緋雨は訝しむ様子もなく優しい微笑を返した。
「爪を塗り直してやると約束したろう。おいで」
陶器を思わせる白い手が清光の手を引く。そうだった、夕飯前に約束していたのだった、と今になって思い出す。けれどこんな状態で彼と二人きりになって何事もなく取り繕えるような自信もなく、なかなか足が踏み出せない。
「どうした。来なさい」
いつまでもついてこない清光に緋雨が言う。命じるとはとても言い難い、刺々しさを欠片も含まない声音。しかしどこか抗うことの出来ない強い力のようなものがそこにはあって、清光はそれに促されるようにして小さく返事をした。
「……はい」