第3章 慧可断臂【エカダンピ】
「捌號………
私を……抱いて。」
真夜中……
春日山城内に間借りしている俺の部屋へ訪ねて来た十参號は、突然そんな事を口走った。
「はあ?」
褥には入っていたものの、色々と考え過ぎて眠れずにいた俺は当然素っ頓狂な声を上げる。
聞き間違いか…と上体を起こして十参號へ目を向けて見れば、障子戸の前で立ち竦み小さく震えていた。
顔を真っ赤に染めて、下唇を噛み締めて、何かに耐える様に眉を顰めて……
そして俺から反らした視線はまるで怯えるみたいに揺れていた。
今、此奴は俺に「抱いて」って言ったよな?
抱いて欲しい男の前でこんな様相を晒してちゃ、例えその気が有っても抱けねーよ。
俺は小さく息を吐き
「馬鹿な事言ってねーで、お前はもう甲斐に戻れ。」
十参號に背を向けて、またごろんと褥に寝転ぶ。
暫くの静寂……その後、十参號がゆっくりと近付いて来る気配。
そしてしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえた瞬間に俺は飛び起きた。
「……何やってんだ。
馬鹿野郎!」
滅多に見られない小袖姿の十参號が、帯を自分で解き始めていたんだ。
俺はその両手首を掴んで力強く押し留める。
「巫山戯るのも好い加減にしろよ。
本気で怒るぞ。」
身を捩り、俺の束縛を解こうとしながら十参號も声を搾り出した。
「巫山戯てなんか……ない。
私はっ……本気…だからっ……」
そんな不自然な程に形振り構わない十参號の様子が、俺の中に嫌な予感をじわりと湧き上がらせる。