第12章 振り向かない【紫原 敦】
『電話、してあげてください』
「‥‥‥分かった」
氷室のナイスアシストを無駄にはしない。
氷室との電話を切った瞬間、携帯が鳴る。
「っ‥‥」
──来た。
「‥‥紫原?」
『‥‥‥何で出ないの』
「っえ?」
第一声が不機嫌声。
なんかした!?
『何回も何回も電話したじゃん。出てよ』
「ごめん」
いやでもそれはさっきまで氷室と電話してたからで‥‥っていうのは言わないでおこう。
『明日受験なんでしょ?』
「うん」
『‥‥頑張ってね』
「うん」
『なんでさっきから「うん」しか言わないの』
「‥‥うん‥‥ごめん‥‥っ」
泣きそう。てか泣いてる。
どうしよう、明日受験なのに。
こんなに気持ちが乱されてる。
乱されてるけど、安心してる。
どっちなんだ。
『‥‥‥会えなくてごめんね』
「!? 謝ることじゃないでしょ!?」
『‥‥俺、このまま一生話せないと思ってた』
「一生って‥‥大袈裟な‥‥」
いや待てよ。それ思ったな。
『‥‥卒業しないで』
「それは、無理で、す」
『なんで東京なの』
「やりたいこと、見つかって」
紫原には、やっぱり言った方がよかったよね。
氷室には言ってたけど、怖くて紫原には言えてなかった。
「だから何?」とか言われたら立ち直れなかった。
『‥‥なんで室ちんには言ったのに俺には言わないの』
「‥‥それは‥‥」
怖かったから、とでも言うのか?
それじゃ意味わかんないよね‥‥
「‥‥ごめん」
『‥‥俺、本気だし。ユキミちんが俺のこと後輩ってしか思ってなくても』
「っえ?」
『あの時、けっこー恥ずかった』
──私もだよ。けっこー恥ずかったよ。
どうしよう、本当に涙が止まらない。
『ユキミちんは、俺のこと好きなの?』
何言ってるの、私はきっとあんた以上に───
───あれ?
私‥‥「好き」って言ったこと、あった?
「‥‥‥好き。好きだよ」
言ったこと、なかったじゃない。
『‥‥俺も』
自分ばっかり欲しがって、アホみたい。
紫原の気持ち、考えればよかった。
『‥‥早く、帰ってきて』
「え?」
『そしたら、すぐ会いに行くから』
なんだろう、この変な感触。
ありがとう紫原。
その一言で、何でも出来る気がしてきた。