第11章 酔った恋人【花宮 真】
「‥‥うるせぇ口だな。塞いでやろうか?」
「けっ結構です!!」
そう叫んでユキミは俺の胸を押す。
こんなんで退く訳ねぇだろうが。
「‥‥な、何ですか」
「‥‥何でもねぇよ」
言えるか、こんなこと。
未だに、お前にこんなに胸が騒ぐ時があるなんて思ってなかった。
最初は、数ヵ月で終わるかと思ってたのに。
俺の本性を知れば離れていくと思ってた。
なのに──、
『そんなこと知ったくらいで花宮のこと嫌いになったりしないよ』
──お前、あんなこと言いやがって。
あの言葉を思い出すと、今でも何かが湧いてくるように思える。
その何かは、よく分からねぇけど。
「‥‥何で黙ってるんですか」
「何でもねぇっての」
心配そうな目をしながら、
俺の額に手をペタペタ当てる。
熱あるとでも思ってんのか、この女。
その手を掴んで、首に回す。
俺らしくねぇし、気色悪ぃが、今だけは近くに居たい。
いつか、離れなくちゃいけねぇ時が来ても、忘れねぇように。
「‥‥真?」
「‥‥なんだよ」
「何で泣いてるの?」
その瞬間、視界が歪んだかと思うと、
ユキミの頬に雫が跳ねる。
自分が泣いてるって気づいても、さほど動揺したりはしなかった。
こいつが笑ってやがるから、‥‥安心、みたいなものがあった。
「真が泣くなんて、今日は不思議な日だねー」
「‥‥うるせぇ。キスさせろ」
「うっわ、それがモノを頼む態度ですか」
これ以上変なことを言われねぇように、その口を塞ぐ。
無意識に舌を差し出せば、ぐっと近づく。
乾いた筈の涙は、また頬を濡らした。
「‥‥ん‥‥しょっぱいね」
「‥‥当たり前だろ、バァカ」
「ふふっ‥‥素直になれよ、バァカ」
「‥‥生意気なこと言ってんじゃねぇよ」
さらさらなその髪を手で梳く。
ふわっと香るユキミの匂いは、心の底の方を安心させる。
「‥‥真」
その続きが分かるような気がして、また口を塞いだ。
聞かなくても、もうとっくに分かってるっつうの。
「‥‥俺もだ。このバカ」
「‥‥ぶはっ! ‥‥敵わないねぇ、真には」
「当たり前のことばっか言うな」
俺だって、お前には敵わねぇ。
そうやって笑うお前に、勝てた試しがねぇ。