第1章 ◆Fly high◆(執事サイド)
「…」
前々から屋敷内でも俺と美月の噂があるのは知っていた。歳が近い男女であることは事実だし、長年にわたり、仕事とはいえ密接な関係にあることも事実。
ただ、天下の北条家のお嬢様が一介の執事と、というのはあまりにも…。しかも彼女に立派な婚約者がいることは屋敷内でも知らない者はいない。そして私が執事としてプロ意識をもって仕事にあたっていることは、ある程度皆に認められていた。
だからこそ、それはあくまで“よくある噂”だった。
…まぁ
それも昨日の夕方までは、だが…。
昨夜のことはもちろん、俺と彼女以外誰も知らない。まさに…夢のような密事。
例の二人の“見習い”は、屋敷での“研修”を一昨日に終了し、すでに本来の職場に戻っていた。さすがに式直前は、自分のところのお坊ちゃんのお世話やら花嫁を迎え入れる準備やらで忙しいらしい。
それを待っていたわけでは決してない。実際俺も式前日の昨日の昼まで、急な変更に対応するために諸々奔走していたのだから。
でも
結果こういうことになったわけで
してやったりというべきか
やってしまったというべきか
急遽時期を早めた人物らが最も危惧していた事態に、あろうことか式目前にして陥ってしまった…ということだろう。おそらく。いや、おそらくというか、絶対そう。
ただ
本当に最悪の事態だけは避けたかったのか
俺にそこまでの度胸がなかったからか
今、こうして俺は
ひとり
飛行機の中にいる。
最悪の事態
それは
“花嫁の逃亡”
…だろう。間違いなく。