第5章 「恋」
「存在理由を持たないボクは、博士と他者として関係を築き、博士に必要とされるから………今ここに存在しています」
あの学会以来、キーボはぼんやりすることが多くなった気がする。いつもなら出先から帰った逢坂に気づいて駆け寄ってくる距離に近づいても、彼は窓を眺めて、枝に止まっている鳥を観察している。
『……キーボ、ただいま』
「あっ、気づきませんでした!博士、おかえりなさい」
わたわたと駆け寄ってくる彼に何か聞いてみようかと考えた。しかし、まだキーボが思考中だとしたら邪魔をしてしまうと思い、口を噤んだ。
「今日もどなたか来るんですか?」
『今日は…楓が来るよ』
あまりに王馬が逢坂の家に通ってくるせいで、外から帰ってきた逢坂とキーボの始めの会話はいつもそれと決まっている。
今日は2月13日。
赤松が家に来るのは初めてのことだ。
『チョコを作るんだって』
「チョコレートですか?」
『うん、チョコレートケーキの作り方が知りたいんだって』
世間はバレンタインに浮かれている真っ只中だ。しかし逢坂はそんな世間とはかけ離れて、これから修羅場を迎えるような顔をしていた。どうしたんですか?とキーボに心配されたが、逢坂は口元に手を置いて、少し考えたあと、ボソッと呟いた。
『今年に限ってはバレンタインなんて気の触れた行事を作ったたくましい企業を軽蔑する』
「えっ、怒っているんですか」
『…怒ってるよ。こんなにめんどくさい日を私は他に知らない』
チャイムが鳴り、逢坂は深く息を吐いて、インターホンに出た。すると、そこには困った顔をした赤松と、カメラから見切れている夢野の姿があった。
『……あれ?』